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2017.12.06 (Wed)

相撲協会解体!白鵬引退!

大相撲界が揺れている。

日馬富士が暴行事件により引退した。

事件の背景はごちゃごちゃ言われているが、
黒幕は、白鵬だ。

前人未到の大記録を樹立したことで
いまやコワイものなしになった白鵬は、
相撲協会など屁のカッパでやりたい放題、
言いたい放題だ。

日本人の心情としては、白鵬の傍若無人の振る舞いは
嫌悪感を催す。

ましてや白鵬が相撲協会理事長を狙っている。
ーなどの記事がでるに及んでは、
大相撲は消滅するのではないかと危惧せざるを得ない。


大相撲は日本の一般的に日本の国技と
思われているが、実は厳密に言えば
何も明文化されていないので“国技“とは言えない。

それでも長い伝統の中で日本人に愛されてきた
スポーツなので相撲に対する日本人の思い入れは強い。

相撲の起源としては、古事記(712年)や
日本書紀(720年)の中にある力くらべの神話や、
宿禰(すくね)・蹶速(けはや)の天覧勝負の伝説があげられる。

相撲はその年の農作物の収穫を占う祭りの儀式として、
毎年行われてきた。これが後に宮廷の行事となり300年続くことなる。


鎌倉時代から戦国時代にかけては武士の時代。
武士の戦闘の訓練として盛んに相撲が行われた。
織田信長は深く相撲を愛好し、元亀・天正年間(1570~92年)に
近江の安土城などで各地から力士を集めて上覧相撲を催し、
勝ち抜いた者を家臣として召し抱えた。

江戸文化と相撲
江戸時代に入ると浪人や力自慢の者の中から、
相撲を職業とする人たちが現れ、
全国で勧進相撲が行われるようになり、
江戸時代中期には定期的に相撲が興行されるようになった。

やがて谷風、小野川、雷電の3大強豪力士が出現し、
将軍上覧相撲も行われ相撲の人気は急速に高まり、
今日の大相撲の基礎が確立されるに至った。

相撲は歌舞伎と並んで一般庶民の娯楽として
大きな要素をなすようになった。

大相撲は、長い歴史の中で次第にルール化され、洗練され、
様式化されてスポーツとしての形態を整え、
我が国固有の伝統文化となったのである。
土俵入り、番付表、化粧廻し、髷、着物、相撲の取組。

江戸時代と変わらぬ姿を、すぐそこで見ることができる
伝統文化としての大相撲…。

角聖 双葉山から栃若時代、柏鵬(柏戸、大鵬)時代から
ハワイアンの横綱、モンゴリアンの横綱へと
外国人力士の流入で伝統ある大相撲が
ぶっ壊されつつある。

モンゴル力士の頂点にたつ白鳳が仕切る
“モンゴル互助会“。

これがモンゴル人力士ばかりが優勝を続ける八百長相撲の
大本だ。

傲慢不遜の化身と成り果てた白鵬!

白鵬が高笑いを続ける大相撲など今後、見たくもない!

相撲協会とその御用マスコミの貴乃花バッシング。

真の相撲ファンは離れるばかりだ。

相撲協会を解体せよ!

いったんゼロ状態にして新たな新生相撲協会を
ガチ相撲の権化たる貴乃花を理事長にして発足すべきだろう。






























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