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2015.08.16 (Sun)

ちゅうかんはり(大分弁)のルーツ


昼寝時、何となく若い頃のことや、
あれこれ思い出していたら、
子供の頃、よく親から「ちゅうかんはり」と言われていたことを
思い出した。

大分の人なら分かるのだが、
「ちゅうかんはり」というのは、要するに
「お調子者」といった意味である。

因みに大分弁を以下、簡単に紹介しておこう。

1:「よだきい」=面倒くさい
2:「ねき」=近く
3:「せがう」=幼児や子供を(泣かしそうな勢いで)からかう。
4:「えらしい」=愛らしい
5:「よこう」=休憩する。休む
6:「めんどしい=」恥ずかしい
7:「いいちこ」=いいですよ。OK
8:「ちゅうかんはり」=お調子者
9:「しかぶる」=小便をもらす
10:「むげねえ」=かわいそう
11:「がな」=~分の値打ち、安物
12:「おらぶ」=叫ぶ。大声をだす

他の人から見たら、ボカァ、
おとなしそうな人、とか真面目そうな人、
思慮深そう、
という印象があると思うのだが

これまでの人生を思い出してみたら、
そうだ、実際、
俺って結構「ちゅうかんはり」だったのだ。
と妙に納得した。

この奇妙な性格は、一体、父親の遺伝か、
はたまた母方の遺伝か?
と、つらつら考えてみたが、良くわからない。

父親は、大分バス(株)の常務で
その義兄・佐藤恒彦が、社長で
ともに大分バスを創った
いわゆる創業者一族である。

恒彦の妻(キヌ)が父の姉で女傑であった。
創業時、その姉が県内を走り回って金策から小さいバス事業者の
買収などに随分尽力したらしい。

その社長夫婦に子供が出来なかったので、
僕より上の兄一人、姉3人が養子にとなった。

父は、本来、バスの修理工場の技術畑の人間で
「エンジンの高倉」としてその道では知られていたらしい。

技術畑の人間が、重役として本社の重役室に収まったのは、
本人としては、ツラいものがあったのではないかと思う。

父の姉、キヌ伯母さんは、顔も見るからにきつい顔をしており
子供時代、コワイという印象しかなかった。

社長邸は大分市立長浜小学校に隣接しており
その小学校のグランドに匹敵するような広い土地だった。

僕らは父が最初、工場長をしていた関係からバス修理工場(大分駅近く)
に隣接した一軒家に住んでいた。

子供時代のお正月には、工場の若い工員の兄ちゃんたちが
家の前で餅つきをしていた。

何故、こんな昔話を書いているかというと、
父親のことを何も知らないという反省から
子供や子孫たちに少しでも書き残しておこうという
親心であろうか…。

これから少しづつ書き溜めていこうと考えている。










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