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2005.05.22 (Sun)

「3国戦争」その4    パ軍の「バンザイ攻撃!」

戦争突入初期、
1865年5月1日、ブラジル、アルゼンチン、ウルグアイ
は3国秘密同盟条約を締結。

秘密条約の要点は次の6点に要約される。
1、抜けがけの単独講和の禁止。
2、この戦争の目的はロペス打倒である。
3、パラグアイの独立は保障する。
4、戦後賠償金は取る。
5、パラグアイ領土を割譲する。
  (ほぼ半分が取られる)
6、パラグアイ防衛の要であるウマイタ要塞を破壊する。

この秘密条約が英国でもれた。

それも全文が公表されると国際世論はいっせいに
3国同盟側に非難を浴びせた。

国際社会が3国を非難した最大の理由は
パラグアイ領土を3国が寄ってたかって
むしりとるというえげつない領土分割の約定だった。

ペルー、チリ、エクアドル、ベネズエラ、コロンビア各国が
3国に抗議し、また支援の声明をだしたが、
精神的な支援に止まり、軍事的援助はなく
結局はパラグアイ単独で戦わざるを得なかった。

この条約内容を知ったパラグアイは
祖国存亡の危機と受け止め徹底抗戦の決意を固めた。

66年、連合軍の反撃が始まる。
連合軍5万がパラナ河南岸アルゼンチン領のコラーレスに集結。

パラグアイ軍は、パラナ河とパラグアイ川の合流地点
トレスボカ(3つの口)周辺の
軍事拠点パソデパトリアに兵力3万を集結し連合軍を迎え撃つ
体制をとった。

このパラグアイ側防衛線の後方に
連合軍の北上を阻むパラグアイ川沿岸最大の
強固なウマイタ要塞が控えていた。

パラグアイの特別攻撃隊は夜陰に乗じてパラナ河をカヌーで
渡河、対岸のコラーレスに上陸して切り込みをした。

66年4月、連合軍は艦船56隻でパラナ河を渡って
強力な艦砲射撃の援護の下、北岸のイタピル要塞を奪取。
さらにパソデパトリアにも上陸し
猛襲をかけた。

パラグアイ軍も果敢に戦ったがついに退却。

パソデパトリアから北に撤退したパラグアイ軍は
トゥユティ周辺のべリャコ河湿地帯の北に布陣した。

パラグアイ軍25000。
連合軍45000。

両軍はベリャコ河湿地帯を挟んで対峙。
5月20日、ロペスは無謀にも
一斉攻撃をしかけた。

パラグアイ歩兵隊の「バンザイ攻撃」も
騎兵隊の突撃も待ち構えた
連合軍の強力な火力に狙い撃たれてせん滅。

まさに地獄図絵のような南米史上最も
凄惨な戦闘は
午後4時頃、終わった。

戦場にはパラグアイ軍兵士6000の遺棄死体が残され、
連合軍側も死傷者8000を出した。
この激戦で死力を使い切った連合軍は追撃する
余力を失った。




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テーマ : パラグアイ - ジャンル : 海外情報

タグ : パラグアイ 歴史 3国戦争

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