2017年11月/ 10月≪ 123456789101112131415161718192021222324252627282930≫12月

2005.05.19 (Thu)

無謀な余りに無謀な「3国戦争」 その2

 日本とパラグアイ…。
 地球の正反対に位置する2つの国は
 陰と陽…。

 日本が世界中を相手に無謀な世界大戦を戦って 
 惨敗したように、パラグアイもブラジル、
 アルゼンチン、ウルグアイという
 南米の世界大戦ともいえる総力戦争に突入し
 惨敗、国土を割譲され戦前130万人いた
 国民が戦後20万人に激減し
 2度と立ち上がれない程の打撃を被った。
 
 1866年、3国戦争突入、
 今から139年前のことである。

 1811年のパラグアイ独立以降、
 1814年から40年まで
 絶対的独裁君主ロドリゲス・フランシアは
 鎖国政策をとり富国強兵、国力の充実に務めた。

 その後、登場した英明なC・A・ロペス大統領は
 鎖国を解いて1853年から英国、米国、ブラジルなどとの
 通商条約を相次いで結んだ。

 これは、日本が米、蘭、露、英、仏などと
 通商条約(1854~58)を締結したのと
 ほぼ同時期に当たる。

 国づくりの基盤整備が未だ整わぬ中での
 無謀な戦争突入。

 1864年11月、ブラジルと断交した
 パラグアイ軍6500は、ブラジル領
 マット・グロッソ州に侵攻し、攻略。
 
 1865年3月、アルゼンチンにも宣戦布告。
 パラナ河を渡ったパラグアイは、
 アルゼンチン北部のコリエンテス州に侵攻。

 パラグアイの侵攻は、アルゼンチン国内の地域紛争に
 手を焼いていたアルゼンチンのミトレ大統領に
 してみれば願ってもないチャンスだった。

 国内の不穏な動きを対パラグアイ戦争にまとめ
 公然とブラジルと連合し、
 また、ウルグアイのコロラド党新政権と手を組む
 ことが出来た。

 初戦、先制攻撃しか勝機のないパラグアイは
 積極果敢に3方面の攻撃にでて
 勇猛なグアラニー族兵士たちの奮戦で3国と対等に戦った。
 しかし、ロペス大統領は初戦から大きなミスを
 犯していた。
 戦前海外に発注していた6隻の新鋭艦の到着を
 待てなかったことである。

 スクリュー推進の新式軍艦が多いブラジル艦隊に対して
 パラグアイ艦隊は大部分が外輪艦でその戦闘能力は
 段違いだった。
 ロペス大統領が新鋭艦をてに入れた後に
 宣戦布告していれば、もう少し戦況は異なっていただろう。
 ラプラタ河口を封鎖されたパラグアイは、
 完成した新鋭艦をみすみすブラジル海軍に取られてしまった。

        mapa.gif





ランキングに登録しました。
良かったら、クリックして下さい。


テーマ : パラグアイ - ジャンル : 海外情報

タグ : 3国戦争 歴史 パラグアイ

19:01  |  パラグアイの歴史  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

Comment

コメントを投稿する

URL
COMMENT
PASS  編集・削除するのに必要
SECRET  管理者だけにコメントを表示
 (現在非公開コメント投稿不可)
 

▲PageTop

Trackback

この記事のトラックバックURL

→http://saketobara.blog50.fc2.com/tb.php/49-57cbdef6
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

この記事へのトラックバック

▲PageTop

 | HOME |