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2005.05.10 (Tue)

合縁機縁で誕生した「日・パ交流協会」

長らくさぼってしまった。

実は、……と、続くと言い訳になってしまうのだが、
「日本・パラグアイ交流協会」(主宰・ミチオ高倉)の
日本側の事務局長たる熊本武一さんが4月30日来パし、
ずーっと昨5月7日(土)迄、アテンドしていたものだから…。
やっぱり、言い訳になってしまった。

彼、熊本さんは、私の大分舞鶴高校時代の1年後輩で
一緒にラグビーで汗を流した仲間だ。

ポジションは、ウイングで足が速く太ももを高く上げて走る
姿が今も目に焼きついている。

熊本さんとは昨年、私が選挙(参院選)に出た時、
大分の友人から千葉に熊本さんがいることを教えられて
電話で知人、友人を紹介してもらうハガキの依頼をした。

ーで、選挙は惨敗を喫したのだが、
パラグアイに帰る前、妻と一緒に彼の
千葉のマンションに2週間程、
泊めてもらった。

高校を出てから45~6年振りの再会だった。

稲毛の駅に昔のままの素朴な風貌の彼が迎えに来てくれた。

稲毛のマンションは、彼の事業が好調な時に購入したとかで
最上階の海が見える角地で最高のロケーションだった。
惨敗した後、関係者と自民党の先生方に
お礼の挨拶周りをした。

帰国便が満席で中々取れず、1~2週間滞在しなければならなくなった。

ーかと言って、ホテル住まいは選挙でお金を使い果たした
身にとってはそんな余裕もなく、東京近辺の山寺にでも
泊めてもらおうかと困っていた時に「うちの遊ばせている
マンションに泊まったらいいですよ」と言ってくれたのを
「天の助け…」とばかりに泊めてもらった。

彼は会社が終わると毎晩のようにさりげなく
千葉市や稲毛のレストランや居酒屋に
私たち二人を誘ってくれた。

そんな彼にパラグアイの紹介をし、「日本とパラグアイの
民間ベースの交流をしたいのだが…」という話の中から
「日本・パラグアイ交流協会」が設立された。

当分は、気心の知れた彼とのキャッチボールをしながら
徐々に実のある形にしていこうと考えている。




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テーマ : エッセイ - ジャンル : 小説・文学

タグ : 日本・パラグアイ交流協会

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