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2009.08.09 (Sun)

憲政史上初の海外遊説


ハチ公前の自民党広報車上で
パラグアイ国旗を掲げての演説収録後、
山倉が「ちょっと、ベロ咬みましたね」と
苦笑いしながら傍にやって来た。
事務所に戻ると東清隆選挙参謀が
「どうでしたか?」と収録結果を
山倉に尋ねた。
「ちょっと、ベロ咬んじゃいましたよ…」と、
山倉が状況を説明した。
落ち込んでいる北原を心配して東が
つい立ての奥の応接室に呼んで
「選挙はNHKの広報番組だけじゃない
ですからね」と慰めながら、
自分の体験談を話し始めた。
「あの航空史上最悪の事故1985
(昭和60)年8月12日の日航ジャンボ機
墜落事故(群馬県多野郡上野村の御巣鷹山の
尾根に墜落。計524名のうち、
女性乗客4名を除く520名が死亡)に、
実は私も乗る予定だったんですよ。
その日、大阪に出張する予定だったのですが、
電車に乗り遅れてしまったのです。
乗り遅れた時は、地団駄踏んで
悔しがったのですが、後でジャンボ機の
墜落ニュースを聞いて鳥肌が立ちましたよ」
「あの時、全てが順調に行きジャンボ機に
乗っていたら今、こうして北原さんの応援を
することも出来なかったわけです」

東の言わんとする事は痛い程分かった。
「災いを転じて福となす」という諺がある。
その場では人生最悪の事態と悲しんでも
後でそれが実は好転のチャンスだった
ということもある。
元来、「結果全て良し」をモットーと
している楽天家の北原だったが、
NHKショックから立ち直るのに
数日かかった。

NHKの本番収録から3日後の24日、
参院選が告示された。
この日から7月10日迄の17日間、
熱い戦いが始まった。

告示日、午前10時半、渋谷のハチ公前で
大泉公民党総裁の初の街頭演説が行われる。
北原ら公民党比例区代表候補者の内、
数人がその選挙カーの上から第1声を
アピールすることになっている。
北原はその日、早めにマンションを出て
選挙事務所に向かった。
「ぼちぼち出ますか?」東選挙参謀に
促されて午前9時、斎藤事務局長と一緒に
JR山手線で渋谷に向かった。
「ジロウ北原」の襷、白い手袋、
中央選管の許可が印された幟
(これを立てた場所でないと選挙演説も
チラシも配れない)、選挙チラシ、
パラグアイの大きな国旗、北原の勝負服たる
白い背広上下を着込んでの出陣だ。
渋谷に着くと既にハチ公前は大勢の人盛りだ。
公民党の選挙カーはハチ公前に停めてあり、
公民党選対本部のスタッフが慌ただしく
車の周囲を行き来していた。
まだ大泉総裁が来る迄、大分時間が
あるので交番奥、ガード下の喫茶店で
斎藤事務局長と休んだ。
真夏のような暑い日だったにも関わらず
その喫茶店にはクーラーも入ってなかった。
その暑苦しい店内には先客が3人。
アイスコーヒーを注文して二人で飲んだ。
斎藤事務局長は公民党の選挙カーが
気になりそさくさと外に飛び出した。
やがて「行きましょう!」と事務局長が
駆け込んで来た。
大勢の人並みをかき分けて公民党の
大型選挙カーにたどり着くと
東京選挙区公民党選対本部長になっている
小坂三蔵議員が「上がって上がって!」と
手招きしている。
促されて上がると東京選挙区選挙代表の
黒川信男候補、比例区候補者
女子プロレスラー神原忍、山中平蔵、
春本明、梅谷えりこら5~6人が狭い車内で
待機していた。
やがて選挙カー屋根に取り付けられた
演台に大泉総裁が登壇した。
「公民党は学者から新聞記者、
オリンピックの金メダル選手、
女子プロレスラー、海外在住候補者と
多彩な候補者を揃えてこの選挙戦を
戦って参ります!」と得意の大泉節で
公民党候補者をアピールした。

続いて各候補者たちの気合いの
入った選挙演説が繰り広げられた。
北原は持参した大きなパラグアイの国旗を
選挙カー上で広げてもいいか?と
選対役員に聞いた。
「いいですよ」との答えだったので
バーッと上から垂らした。
ハチ公前広場を聴衆と10数台の
テレビカメラが立錐の余地もなく
埋めつくしている。

「先進国で最低の食糧自給率の日本。
ジロウ北原が世界の食糧基地南米から
日本の食糧安全保障を図ります」と
思いきり絶叫した。
この絶叫であの屈辱的なNHKショックから
立ち直った。
このシーンは海外にも報道され
パラグアイの現地紙ABCの1面トップに
カラーで載った。

この日、午後の飛行機便で成田から
ロサンゼルス、アスンシオン、
サンパウロと日本の憲政史上初めての
海外遊説に出発することになっていた。

渋谷での第1声を終えるとすぐ、
斎藤事務局長と後から駆け付けた
ボランティアの玉川正、小田裕美と
新宿に戻るためJR山手線に乗り込んだ。


憲政史上初の海外遊説 


JR山の手線に乗り込んだ北原たちは、
早速、車内で「乗客の皆様お騒がせして
申し訳ありません。
参議院公民党比例区公認候補の
ジロウ北原でございます」と
大声を張り上げて乗客にチラシを
配って歩いた。
露骨に拒否する人、珍しそうに受け取る人、
様々だった。
新宿駅の一つ手前、代々木駅で降りた。
事務所迄の距離は新宿駅と代々木駅とも
ほぼ同じだった。
事務所に戻ると、勝俣謙がトランクを
用意して既に待機していた。
勝俣は「海外日本人を国会に送る運動」
ロス支部の安田事務局長が紹介した人物で
北朝鮮拉致被害者を支援する会の
メンバーだった。

垨被害者を支援するためわざわざ
キャンピングカーを購入し、全国どこでも
その車に寝泊まりして支援活動を行っており、
ロスにも被害者家族とともに行き支援を
訴えたという熱血漢だ。
その折にジョウージ安田事務局長と
知り合った。
彼は国内支援だけでなく
「海外に支援活動を広げる運動」を熱心に
行っている。
その運動は、「日本人拉致問題を正しく
理解し支援の輪を海外に広げるプロジェクト」
代表・勝俣謙というのが正式名称だ。
彼は演劇をやっている。
「殺され役など、ちょい役をやっています」
という彼は、勿論、それだけでは食えず
いろいろとユニークな商売をやっている。
彼が拉致問題の支援に目覚めるきっかけと
なったのは、神戸大震災にボランティアと
して参加したことがきっかけとなった。
彼は一旦しゃべり出すと中々止まらない
熱い男だ。
その勝俣がロスまで同行することに
なっている。

北原は勝俣と斎藤事務局長の3人で
新宿駅から成田エキスプレスで
成田へ向かった。

「憲政史上初めての海外遊説」ということで
成田空港で記者会見が予定されていた。
斎藤事務局長がマスコミ取材のため
VIPルームを用意していると言った。
成田のその部屋に行くと既に新聞社、
テレビ局のカメラが待機しており、
すぐに記者会見が始まった。

ロス迄のフライト約10時間。
ロスは時計の針をタイムスリップして
日本の前日、6月24日朝到着。

「日本人代表を国会に送る運動・北米部」
代表の末友八郎、長野、寺岡佳津子らが
「ジロウ北原」の幟旗を持って
迎えにきていた。
寺岡佳津子は北原と同じ
「新・ノアの方舟運動」でパラグアイの
イパカライファームで共に生活した
仲間である。
同方舟が沈没した際、寺岡夫妻は、
当時4歳だった娘由利を連れてロスへ
再移住したのが25年前だった。
ロスでは夫和人が建築設計事務所を開き
夫婦でその事務所を切り盛りしてきた。
娘の由利はアメリカの大学を出た後、
アメリカ人と結婚し、今、最先端の
投資会社のバリバリのキャリアウーマンと
なって日本の不動産や企業買収に
辣腕を奮っている。

長野の運転する車でリトル東京の
ホテル都インにチェックインする。
午後4時から同ホテルで記者会見が
予定されている。
その間を利用してリトル東京の周辺を
遊説することになった。
安田事務局長が大声で「ジロウ北原!」を
連呼する。とにかく彼は声が大きい。
沖縄出身の彼はロスで運輸業で成功し、
沖縄では立志伝中の人物として有名だ。

昼食時間も終わった時間帯だったので
人が少ない。中に数人、日本からの
観光客がもの珍しそうに
「日本に帰ったら投票しますよ」と
声をかけてきた。
かって、この地域はアメリカ最大の
日本人街として賑わい、ロスの日系社会の
中心的な地域だった。
ホテルニューオータニや日本企業、銀行、
日本食レストラン等が立ち並び1992年に
建設された全米日系人博物館などもある。
しかし、近年、日本からの観光客も伸び悩み、
昔の活況を失いつつある。
地元の日系社会も振興策をあれこれ
考えているがどれも決定打になっていない。
それに日系社会居住区が南の
トーランス地域に移っているのが何よりも
大きな打撃になっている。

午後4時からホテル都インのサロンで
記者会見。
NHKTVから、民放テレビ局全社、
それに全国紙の記者がずらり勢ぞろい。
次々鋭い質問が北原に浴びせられる。
午後7時からホテル近くの
日米文化センターで
「海外日本人代表を国会に送る運動・北米部」
主催の総決起大会が催された。
70代、80代のロスを代表する知名士、
サンフランシスコから駆け付けた青年や
地元30代の女性2人が壇上から熱い
応援メッセージを披露した。
彼等はいずれも日本から数年前、
ロスやサンフランシスコに永住している
若者たちだ。
現地日本語テレビやラジオ等に
美容エステやカラー占などでよく登場して
結構若者たちの間では知られている
タレントだった。
彼等は海外から見た日本の問題点を
舌鋒鋭く取り上げた。
ロスまで随行してきた勝俣謙も壇上で
メリハリの聞いた演説で役者の片鱗を見せた。
彼等の熱いメッセージを聞いているうちに
北原もボルテージが上がり、
いつになく絶叫調の演説をして会場の
参加者を大いに盛り上げた。
ヒートアップした会場は9時迄の予定が
30分もオーバーしてしまった。
この模様はNHKとフジテレビが
最後迄収録した。

ロスまでの往復切符で同伴してきた勝俣は、
翌日の便で日本へとんぼ返りで帰国した。

翌26日、北原は一人ロス発の便に乗り、
サンパウロ経由アスンシオンに向かった。
ロス発VARIG便14時30分、
サンパウロ着午前6時10分。
ロスからサンパウロ迄約12時間のフライト。
サンパウロで約3時間トランシットルームで
待ち時間がある。
サンパウロからアスンシオン迄
約1時間40分。
アスンシオン着11時10分。
                (続く)






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タグ : 脱ニッポン 日系オバマを

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