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2009.07.29 (Wed)

新連載 ついに公認!

ついに公認! 初の海外遊説

比例区候補は“刺身のツマ 


公民党の公認証が大泉総裁から正式に授与されたのは、
2004年5月31日だった。
実に北原が日本に到着して3カ月目の快挙だった。

最初、ささやかなさざ波のような天啓から始まった
「想い」は、やがて不動の確信となって立候補を決意して
パラグアイを出たのが、2001年7月、
それから2年10カ月の月日が経過しての結実だった。

「為せば為る」という言葉があるが、
北原はこの言葉に込められた歯を食いしばって
死にものぐるいで頑張るーというニュアンスが
自身の感性にフィットせず、あまり好きではなかった。
北原の2年10カ月を振り返ってみると
確かに苦しいことが多かったが、
どちらかというと飄々と風の吹くままに
自然体で過ごしてきた、
という思いの方がピッタリだった。

公認が取れなければ、それはそれで良し、
として妻の優子と共に車に幟を立てて
全国行脚すればいい、という覚悟だった。

しかし、公認候補者になるということは、
堂々と舞台に上がって思いっきり主義主張を
訴えられるわけで北原は武者震いを覚えた。

5/31日(月)、16、50分、公民党総裁室で
大泉源一郎総裁から第20回参議院議員通常選挙
比例代表選出議員・候補者・北原次郎に対する
公認証書の授与式が行われた。

同授与式には、北原の公認問題に真摯に取り組み
超人的な粘り腰で党幹部と交渉に当たってきた
小坂参議院議員が満面に笑みをたたえて
北原を総裁室に導いた。

総裁室には安藤晋三幹事長、赤木参議院幹事長、
村田総務局長ら錚々たるメンバーが居並び
公民党公認の持つ重みを印象づけた。

これで北原は公民党参議院比例(全国)区
第49支部支部長となって選挙活動を
行うことになった。
同党参議院比例区公認候補は北原を入れて
32名となった。

北原は、公約として
①在外選挙制度の改革
②日系二世三世の日本就労ビザの取得義務を廃止
③出稼ぎ就労子弟の教育問題改善
④在外高齢者の老齢福祉年金の支給
⑤二重国籍を認める
⑥海外に対する総合的な日本文化戦略の確立
⑦苦境にあえぐ中小企業の海外進出を促進する
⑧日本国内の不登校児(14万人)を南米で教育する
⑨海外日本人の安全対策の強化ーなどを掲げた。

参院選公示が6月24日。投票日が7月11日。

いかに公民党の公認をとったといっても、
僅か40日の選挙準備では有名なタレント候補でも
なければ当選など夢のまた夢だ。

公示日までわずか24日しかない。

小坂議員が推薦してくれた選挙参謀の東清隆が
一気に事務所、机、椅子、キャビネット、電話、
ファックス、冷蔵庫等備品から選挙スタッフまで
すべてをあっと言う間に揃えた。

この東選挙参謀は、自民党関係議員の選挙を
数十回も取り仕切ってきた選挙の神様とも
言われる程、選挙関係の全てを熟知している。
一般的には選挙といえば、選挙プロと呼ばれる
選挙屋が幅を利かせているのだが、
彼等は選挙の特定部分を知っているだけだ。
所が東は選挙の登録手続きから選挙戦、
最後の事務手続きまで全てを熟知している。
彼は大学時代、選挙事務所のアルバイトとして
関わって以来、その面白さに取り付かれ、以降、
30年余を大小の選挙戦の中に身を置いてきた。
彼が関わった選挙は殆ど勝利しており、
ゴッドハンドと呼ばれている。

北原の公認内定が1週間程前に出たことから、
ある程度、事務所選定からスタッフ等、
声を掛けていた。「90%いけると思う」と
小坂議員が断言した2週間前、北原選挙事務所の
事務局長として、東は自分の後輩をブラジルから
呼び寄せていた。

東が呼び寄せた斉藤浩一は、以前、
サンパウロの日系新聞社で働いていたので
北原も顔見知りだった。

東は斉藤のことを「浩ちゃん!」と呼び、
斉藤は東のことを「先輩!」と呼び、
まさに息はピッタリ合っていた。

東は、北原が初めての海外日本人候補なので
海外最大の日系社会ブラジルの票田が大事だと
考えて斉藤を招聘したのだった。

北原の選挙事務所は新宿南口駅から歩いて
7、8分程度で甲州街道から2、3丁入った
所だった。つまり文化服装学院のでっかい
ビルの裏手になる。

北原も1カ月前、大森のホテルを引き払って
サザンクロスタワーの裏手にある
マンスリーマンションを借りた。
事務所と北原のマンションは歩いてわずか
5分もかからなかった。



事務所に机、椅子、ロッカー等備品が揃って
アルバイトスタッフが揃うとやがて
大泉総理以下自民党幹部の「必勝!」などと
書かれた為書きが次々送られてくる。
段々選挙事務所らしくなってくると、
都内で開かれる東京選挙区代表の公民党候補の
各地区での総決起大会に連日狩出される。
参院選にしろ衆院選にしろ主役はあくまで
選挙区代表候補である。

比例代表候補は選挙区代表候補の
“刺身のつま”にしかすぎない。
公民党も民政党も首都東京を主戦場として
組織力を総動員して激烈な選挙戦を展開していた。
公民党は前回の参院選で候補者を2人出して
共倒れとなったため今回は
一人に絞って全力投球した。

民政党は女性人気テレビキャスターや
タレント候補など3名を候補者として
送り出していた。

北原たち比例代表候補たちは主役の
公民党東京選挙区代表の各所での総決起大会で
演壇に立つ事が出来るものの挨拶は
3分間に限定されている。
北原は、「ジロウ北原」という名前で
中央選管に届け出た。
海外日本人候補者という特色を出そうという
戦略から出たものだった。

3分間演説のキャッチコピーも決まった。
「南米生活28年のジロウ北原、
日本の歴史始まって以来初めての海外在住の
候補者でございます。日本と海外の架け橋と
なるようがんばります。日本の食糧自給率は
先進国で最低、赤信号が点滅しています。
世界の食糧基地南米、その南米に住む
ジロウ北原が皆様がた日本の食糧安保を築きます」。

日比谷公会堂、八王子、横浜と連日、
東京選挙区代表候補の“刺身のつま“として連日、
3分間演説を続けた。
総決起大会に駆け付ける比例区代表たちの殆どは
代理人がたすきをかけて
お義理に3分間演説をしていた。

他の公民党比例代表候補者たちは
それぞれ後援会組織の指示に基づいて
全国各地を飛び回っていた。北原のライバルは
同じ公民党の比例候補者であった。
何しろ比例代表選挙は全国区、否、
北原にとっては世界区であった。

北原を応援してくれた小坂議員が
東京選挙区選出の参議院議員だったので
東京を重点選挙区にして少しでも名前を
アピールしようとの思いがあった。

北原と東選挙参謀は東京の他、南米からの
出稼ぎ就労者が多い、愛知県、さらに北原の
出身県大分の3つを重点選挙区と考えていた。
                   (続く)





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