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2009.07.25 (Sat)

赤城幹事長に会う

赤木幹事長に会う


北原が再挑戦の決意を固めて5万$の借金をした時、
オートバイかライトバンに
「草の根海外日本人代表・ジロウ北原」と幟に大書して
全国を辻説法して回ろうと覚悟を決めていた。

そのことは、妻の優子にも告げた。
優子は「あなたと一緒に日本中を旅出来るのなら
それも面白いわね」と腹をくくっていた。

それがとんとん拍子にブラジル、アルゼンチン、
パラグアイの代表的な日系諸団体の公民党宛の
推薦状を貰う事が出来、急転直下、北米にも後援会が出来た。

日本入りした北原はサンパウロの安藤に紹介してもらった
故・緒方元総理の主席秘書官だった新田俊男に電話して
3月1日、永田町の事務所に同氏を訪ねた。

 新田は緒方元総理の主席秘書を務めていただけに
温厚な紳士であった。
「A氏からお話は聞いています」ということでその場で
すぐ赤木幹事長に電話して趣旨を伝えた。

赤木幹事長とは毎週末一緒にゴルフをするということで、
電話のやりとりからも親しい間柄が察せられた。

その翌日、新田から「明日10時、私の事務所に
お出で頂きたい。一緒に参議院の幹事長室に
まいりましょう」
という電話が北原の携帯にかかってきた。
翌3月3日、新田に伴われて幹事長室を訪ねると
村田総務局長もいた。

 赤木幹事長は、ニコニコと笑顔を絶やさず北原を
迎え入れた。
「在外選挙権が成立したが登録手続きや投票方法等に
まだまだ不備がある。公民党としてもこの在外選挙を
仕上げる責任があるので当落は別として政策的に公認する
方向で進めませんか」と赤木監事長は村田総務局長に
要請した。
村田総務局長も温顔を絶やさずじっくりと話を聞き
北原にも2、3質問した。

 その中で赤木幹事長は、「前の参院選の時、サッカーの
三原ケン選手の兄さんを自民党が公認したが、
結果として1000票にも満たなかったという事実が
あったので、公民党が公認した候補者が余りにも
みっともない票数しかとれないと公民党のメンツに
関わるのでそれが懸念材料です」との話をした。
プロレスのアントニオ武藤の実兄が自由政治連合の公認を
受けて立候補し、1000票前後しかとれなかった
ということは、ブラジルの邦字紙の報道などで
知っていたので、公民党公認云々は赤木幹事長の
勘違いではないかと思ったが、同幹事長が確言する以上、
そうかなーと半信半疑だった北原も黙って聞いていた。

退出後、ブラジルにメールを入れて確認した所、
やはり、赤木幹事長の勘違いであった。

 ブラジルから届いたメールによれば、3年前、
参院選に立候補したのは、公民党公認ではなく、
自由政治連合公認でプロレスのアントニオ武藤の実兄の
佐藤氏だった。同氏の出馬について、
地元ブラジルの日系社会も寝耳に水、
という状況だったようだ。

 8日の夕方、北原の携帯に新田から電話が入った。
村田総務局長の秘書から電話があり、公民党の
選挙対策本部の後藤に電話して欲しいというものだった。
後藤に電話すると、16日午前10時半、公民党本部の
総務局長室に来てほしいということだった。

 総務局長室訪問前、北原は、いよいよ、公民党公認の
最終面接が行われるのだろうと、あれこれ予想質議を
想定して答えを練りに練った。

 3年にわたる活動もいよいよ大組織の看板を背負って
戦えると思うと胸は高鳴った。

 16日、午前10時半、公民党本部総務局長室を
訪ねると、村田総務局長の他に選挙対策本部、
政務調査会組織本部、総務省自治行政局選挙部選挙課理事官、
同省選挙課長ら4名が出席していた。 

最初に村田総務局長が北原に在外選挙の問題点を
指摘してほしい、と促した。

北原は、登録手続きの煩雑さ、比例選挙権だけでは
魅力に乏しい、尽きる所は、選挙区選挙権もないと
登録者数も増えないことなど、その他いろいろ指摘した。
在外選挙権の灯火を消さないためブラジルでは領事館と
協力して県連事務所などで登録受け付けを
していることなども紹介した。

彼等関係部署の担当官らは、村田総務局長の
お声がかりだから、素直に聞き置くという役人特有の
慇懃無礼な態度ではあったが、一応、メモをとっていた。
 
 北原の(公民党公認の最終面接か?)という予想に
反して在外選挙の公聴会のような会合に
いささか拍子抜けした。

これまでも期待と落胆の連続だったので
「ま、こんなものか」と開き直ったものの、
期待が大きかっただけに力が抜けた。

この会合は、明らかに「在外選挙権の問題点を
訴えるために立ち上がった」とする北原の意気込みを
ガス抜きすることで「公認云々問題」の、お茶を濁そう、
という形式的なお膳立てだった、ということが明白だった。

これまで時事刻々、数えきれぬ期待、昂揚、落胆を
くり返してきたことだろう。
しかし、段々とその振幅は小さくなってきた。
湖面を翻弄してきた大波も今ではさざ波に変わった。

 日本刀の原料となる不純物混じりの鉄鉱石は、
当初、ガンガンに燃え盛る火で焼かれ冷水にぶち込まれ、
叩きに叩かれる。それが幾度となくくり返され、
やがて最終段階にくると絹や羽毛のような
柔らかなものでそっと扱われて、名刀が誕生する。
人生は試練の連続だ。
人生にとって一番重要なことは、
決してあきらめないことである。
どんなに絶望的な状況に陥っても諦めてはいけない。
どん底と感じるその後には必ず前方に
ポッと小さな希望の灯火が灯る。

大切なのは、小さな小さなサインを見逃さないことである。
心の波動が大荒れに荒れていると、
それらの小さなサインに気がつかない。
もうどこにも希望がない、
絶望のどん底に落ちた時こそ実は、チャンスである。
心身ともども人間が本来持っている素のままの
本能が蘇ってきて予想もしなかった
解決策が浮かぶものだ。
失敗、絶望を怖がる人には人生のだいご味は味わえない。
 
すべての人は、この今生で果たさねばならない使命がある。
人がこの地球という小学校の過程を卒業するためには
必ず通らねばならないイバラの試練の道がある。
大きな困難な壁に負けてドロップアウトすると来世また
同様の過程がくり返される。
 北原にとって、天からのさざ波にも似た導きに従って
トボトボと歩いて来たこの白い道は、
自分に課された使命であり、「ネバーギブアップ」
これが彼の信念になっていた。


 赤木幹事長と村田総務局長が了解してくれたら
全てOKかと思ったら事はそんなに単純ではないようだ。
やはり、前回のアントニオ武藤の兄の出馬の件が
大きなブレーキになっている。
 公民党の関係議員の間で「北原」の公認問題は
話題になっている。しかし、公民党が公認した候補が
1000票も取れなかったら、公民党の看板に
傷がつくというのが選挙関係役員の逡巡の要因だ。
 普通、公認する場合、医師会とか土建業会とか
全国的な組織が支援団体に名前をつらねるのが
必須条件なのだが、それと同時に国会議員のグループの
支援体制も必須条件となっている。
つまり、各議員が自分の支援団体の
票を割り振りするらしい。
所が「北原」には、それがない。

そこで遅ればせながら赤木幹事長の意向を受けて
参議院の筆頭副幹事長で世界緑化協会議員連盟の
メンバーである小坂三蔵参議院議員が幹事役となって
関係議員に働きかけを始めた。
北原は小坂議員と一緒に大曽根弘参議院議員
(大曽根元総理の子息、前文部大臣)を訪ねた。
「民主党は民放テレビのコメンテーター朴さんを
公認している。自民党としても政策的な
(異色の海外日本人候補)目玉候補として
公認したいので大曽根先生からも是非推薦するように
働きかけをお願いします」と小坂議員が頼んだ。

また、小坂議員は、日本のNGOの最大手、
世界緑化協会議員連盟(100名余)にも働きかけ、
同議員連盟を推薦グループにしようと働きかけた。
同議員連盟の会長が沢崎寿男衆議院議員
(前金融担当大臣)である。
同議員連盟を北原の推薦グループにするかどうかの
役員会が近々、開かれる予定になった。

 日本中を騒がせているイラクの日本人人質事件は
長期化の傾向を示してきた。
 一方、北原の公民党公認問題も、一喜一憂、二転三転、
四転五転とずるずる長期に引っぱられた。
 北原の目指すものに共感して、全力で公認獲得運動を
進めていた小坂三蔵議員(筆頭副幹事長)は、
再三「せめて半年前でも日本に来て自分に知らせて
くれていたらもっと楽な戦いができたのだが」
と散々苦言をもらした。
また、公民党大分県連会長の佐藤征士衆議院議員も
同様のことを北原に言った。

ほとんどの関係議員が「(公認は申請が)遅すぎる。
不可能だ」と断言する中、小坂議員の超人的な
働きかけでやっと最終段階にきた。


 4月8日(木)、
「北原次郎君の公民党公認を推薦する国会議員の会」
として発起人 沢崎寿男、佐藤征士、大曽根弘、
島誠衆議院議員、小坂三蔵議員ら5人が結成された。
 他19人の国会議員の連名で公民党大泉純一郎総裁宛に
「公民党公認のお願い」書を作成して沢崎寿男、小坂三蔵
(参議院筆頭副幹事長)、佐藤博子議員ら5人が
衆議院幹事長控え室で村田総務局長に面会して、
北原の公認を要請した。
5人の議員は本会議中を抜け出しての話し合いだった。
その話し合いの最中、北原は廊下で直立不動で待機した。
5人の議員と村田総務局長との面会時間は最初、
10分の予定だったのだが延々40分にも及んだ。

 壁は中々厚かったようだが、
何とか最終公認候補予備リスト10人
(衆議院からの鞍替え組みや官僚OBら有力者)
の中に正式に加えられた。

 現在、30人が公認されており、
後1人の隠れ公認(テレビコマーシャル契約が
4/26まである関係で発表を控えている)が、
スキーオリンピック金メダルの原健二だ。
本当は、先週末(10日)までに10人の
予備リストから後1人か2人選ぶ最終期限だったが、
9日のイラク人質事件ぼっ発で最終決定が
今週にずれこんでしまった。
小坂議員の話では、公民党選対本部が公認した場合の
北原候補の集票予想(始めてのケースなので正確な
数字は誰も読めない)の数字は非常に低く
厳しいとのことだった。

 小坂議員は、「たとえ北原候補が低得票で
当選出来なくても海外日本人の存在を日本側に
アピールする広告料の意味合いを含めて公認してほしい」
とまで選挙対策本部に強く交渉したようだ。
現況、公民党幹部の誰ひとり北原の公認を
決定しきれないという。
後は、大泉公民党総裁の政治的決断しかないようだ。
 今は、天命を待つのみ。
 たとえ結果がどうであろうと、
「(結果)すべてよし」が北原の信条である。
   
北原が2月下旬、日本到着、3月1日、
赤木参院監事長と村田総務局長に初めて面会して
早くも2カ月弱が過ぎた。
4月21日、小坂議員が安藤幹事長に会う予定に
なっていたので、北原は11時、サンパウロから応援に
駆け付けた原田ルイスと参議院議員会館の小坂事務所で
世界緑化協会の山野理事と合流していつ呼び出しが
あってもいいように待機した。
結局、この日、小坂議員は安藤幹事長には会えなかった。

この夜、北原は赤坂プリンスホテルで開催される
山田派の清風政策研究会フオーラム
「誇りある国、日本を創る」(パーティ券2万円)
に山野理事、ルイスと出席した。
世界緑化議員連盟のパーティー券を割り当てられていた
山野理事からルイスと2枚分購入したのだった。

さすが総裁派閥だけあって同ホテル五色の間の
広いサロンには、身動きも出来ない人、人、人だ
(翌日の新聞発表4300人)。
この日、同時刻、杉本派のパーティも開かれたようで
公民党幹部も掛け持ちで大忙しだった。
 パーティ席上で村田総務局長、杉井正見議員、
小嶋議員らに挨拶した。
小嶋議員は、「貴方が例の人ですか」とビックリした
様子で北原の顔をマジマジと見つめた。
公民党内で結構話題になっていることが伺われた。
杉井議員は「昨日の選対会議は、貴方を公認するか
どうかで大激論が交わされたのだよ。僕は、
公認すべしと押したのだがね」と
昨日の会議の一端を北原に話した。

 杉井議員が安藤幹事長に紹介してくれることに
なっていたが、安藤幹事長がそのパーティに顔を
見せたのが8時前の閉会前だったことも
あり杉井議員は、その前に用件があって帰った。
安藤幹事長はさすが人気者で回りをおばちゃまたちが
大勢取り囲み近付くことも不可能という有り様であった。

 北原たちは閉会後何か残っているかとテーブル上の
お皿を見たが何にも食べ物は残っておらずガックリした。
                       (続く)







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