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2009.06.28 (Sun)

新連載  17 「選挙に出ろ」…だって?



17
「選挙に出ろ」だって…?




密教は景教と仏教の混合



北原は尾張戸神社の啓示以降、毎年、訪日の度、
各地の神社仏閣に参詣するようになった。
それまで様々な宗教書、霊能者などと会ったり
していた北原は、段々、密教に惹かれるようになった。

ある年、北原は、高野山に参詣した。

11月の高野山は既に冬の気配を漂わせていた。
宿坊に泊まった早朝、夢うつつ滔々と高く低く遠い川の
流れにも似たせせらぎのような地鳴りのような音が
聞こえてきた。その不思議な抑揚を持った音につられて
廊下を歩いて行くとそのリズムのようなせせらぎが
本堂から聞こえてくるのが分かった。
声明だった。
大勢の僧侶が朗々と歌うようにお経を上げていた。
美しい響きだった。
大勢によるお経がこんなにも美しい旋律をもって
いることを初めて知った。
声明は仏教に於ける賛美歌だということに気づいた。

午前中、北原は、まぁまぁばあちゃんの紹介状を
持って高野山で最も高名な密教の高僧に面会を求めた。
案内に出た若い僧侶に案内されてお能の舞台のような
板張りの部屋に通された。
「大師がお見えになる迄、恐れ入りますがこの板の間を
磨いて下さい」と乾いた雑巾を1つ渡された。
言われるままに北原は、既に十分磨き込まれた
その板の間を丁寧に丁寧に心を込めて磨いた。

「どこかで修行されたのですか?」
いつの間にか桐井大師が後ろに立っていた。
精魂込めて磨いていたので気がつかなかった。
掃除の仕方を見てその人物の人間度を図るのであろう。
どうやら北原はお眼鏡に叶ったようだ。
曼陀羅図の額を背にして座った太師は、
密教の話を諄々とされた。
北原の密教への習熟度が分かった大師は、
いきなり奥義について触れた。
「顕教(一般仏教)が山に登るためにゆるやかな
坂道をうねうねと曲がりくねった登山道を用意するのと
違って密教には身口意の三密行というものが
大事にされています。身密(身体の働き)、
口密(言葉の働き)、意密(心の働き)ですね。
つまり、聴覚、味覚、嗅覚など五官を総動員して
一気に直線的に頂上を目指します。
従って相当ハイレベルの心根を持っていないと
急峻な崖から転落死します」
「密教には2種類あります。
『如来の秘密』と『衆生の自秘』です」
「如来の秘密」とは、密教は実践的なものが大きな
ウエートを占めているので、体力ができていない
小学生にいきなりオリンピック選手の超難度の技を
教えるわけにはいかない。
「衆生の自秘」とは、本来すべてはオープンになって
いるのだが、それを見る方がそれを読み取れる段階まで
達していないから秘密になっている。
つまり自力で智力、体力を鍛えなければそれらの秘密を
解くことが出来ない。
「もともと密教では、生きとし生けるもの大宇宙の
顕現だから、すべてに仏性がある、としている。
従来、日本の仏教はすべては無である、ということを
強調してきました。だから仏教はどちらかと言えば、
無、即、虚無の世界というイメージが強かったのです。
それに比し密教はこの曼荼羅をみても分かる様に
空なるものの中に秘められた爆発的なエネルギーを
大事にするのです。有名な芸術家がいみじくも
言いましたね。“芸術は爆発だ“と密教も誤解を
恐れずに言えば芸術なんです。
だから人は生まれながらに内包している種子を
人生で花開かせなければいけないんです」

次第に核心的な話を吐露した桐井太師は
奇妙なことを言った。
「ここの密教は元々、景教の分派のようなもの
ですから儀式の最初に十字を切ります」
景教とは中国で栄えた古代東方基督教ではないか…?
ならば、空海は中国で基督教に出会ったというのか?
この東方基督教はアッシリア地域をベースとした
原始基督教からシルクロードを東進して東方に逐次
広まったものであの伝説の「イスラエルの失われた
10部族」ではないかといわれている。
5世紀以後のヨーロッパは、キリスト教の暗黒時代に
入った。 その暗黒のヨーロッパを嫌って、
景教徒たちはシルクロードを東へ東へと発展してきた。
「密教は景教と混合した仏教なんですよ。
密教で行う灌頂(かんじょう)も実はキリスト教の
洗礼式からきたものなのです」
さらに同師は、天台宗の開祖・最澄が中国から
「旧約聖書」を空海は「新約聖書」の漢語訳文を
持ち帰ったとも衝撃的なことを言った。
また、同師は魔事について強調した。
仏は功徳と智慧で人々を救い上げて涅槃に入らせようと
するのだが、魔もまた、同じ様に人々の善根を破壊して
現世の苦しみの世界に漂流させようとする。
人の善根が高くなればなるほど、魔の働きも
また盛んになってくる。
そのような時、魔とがっぷり組み合ってはいけない。
魔、本来、空なるものなので受け流せば自然体で
受け流せば消滅するものだ。―と。

まさに目からうろこ状態になった北原は、
同師から聞いた話の余韻を味わうべく境内を
そぞろ歩いた。
確かに参道境内にある石灯籠にはダビデの星が
刻まれている。さらに景教碑文も建立されていた。
北原は、大師との一期一会の出会いでまさに密教の
秘密を知った。
当地で密教の経文を買い求めた北原は、以降、
祝詞と般若心経と密教の真言を毎朝仏前で唱えるようになった。



「頂上に上れ!」もう一つの霊夢



それから暫くして北原は、またしても霊夢を観た。
前回の無人の銀座のど真ん中で
「俺は政治家になるぞ~!」と絶叫したあの奇妙な夢と
同じ様に夢の中で「これは霊夢だ」とハッキリと
自覚していた。
その夢は、明らかに日本の破局の場面だった。
その破局が大地震によるものか何に起因するものかは
分からなかったが、大勢の人々が山の上の方から
算を乱して駆け降りていた。
北原は逆に山を駆け登りながら、大声で
「頂上へ登れ!」と人々に叫んでいた。
何人かの人々が向きを変えて北原に従い頂上に向かった。
それだけの夢だった。
頂上に何があるか結局その夢では示されなかった。
北原にとって無人の銀座での絶叫と日本の大惨事で
山頂に逃げる霊夢は、何年経っても北原の心奥に
深く刻み込まれたままだった。



“遊びは終わりだ!“
新宿雑踏での啓示!




「天の時」と「地上の時」は、全く異なる。
太古から多くの預言者が「来るべき時」に
ついて語ってきた。 それらの預言の多くが地上の
人々の期待と予想を裏切ってきた。
北原が尾張戸神社の啓示を得、また、高野山で密教の
秘儀を垣間見て平々凡々たる月日が流れた。
北原に新たな啓示が降りてきたのは
2000年のことだった。

あろうことか、その啓示は新宿の雑踏を歩いている
時だった。
「遊びは終わった」ー。
柔らかいインスピレーションというか、
静かな沁みるような湧く「想い」だった。
北原は、毎年10月、世界日系新聞協会の大会・総会に
出席していた。 この協会は、外務省の外郭団体(財)
「世界日系人協会」の傘下にあった。
当然、会長、理事長など主要役員は大使や
外務省OBらが歴任していた。
総会や新聞大会は、日本側事務局主導の総花的な
ものだった。 これに北原は、不満を覚えた。
当時、古い歴史を持つ各国の弱小邦字紙が次々廃刊に
追い込まれていた。
北原は、苦境に追い込まれている各邦字紙の経営改善や
日本国内での広告受注が出来る様に事務局の強化などを
南米各国の邦字紙と結束して改革を訴えた。
壁は厚かった。それに北米の古い伝統を持つ邦字紙の
社長たちが南米組の叛旗に不快感を示した。
北原たちは、3、4年がかりで北米の邦字紙幹部たちを
説得して遂に革命に成功した。

つまり、新聞協会の会長職を大使OBから協会加盟社の
北米の伝統ある新聞社社長に交代させた。
北原が新宿の雑踏を歩いているときに新たな
啓示を受けたのは、北原が世界日系新聞協会3代目の
会長に就任してから2期目の秋のことだった。
北原が3代目会長に就任した翌年、1999年から
海外の日本人も国政選挙の比例代表選挙に限り
投票出来る法案が成立した。

そして2000年、衆議院選挙が行われた。
北原は各政党広告を新聞協会会員社に出稿して
もらうため事務局員と一緒に各政党巡りをした。
永田町のある政党事務所を訪問した時、
「あなたたちの協会は世界を網羅していませんね」と、
広報担当者に言われた。
確かに会員社は一部アジア、オセアニアを
含んでいるものの大部分が南北アメリカに集中しており、
ヨーロッパが含まれていなかった。
これに発奮した北原は、急遽イギリス、ドイツを回り
当地の邦字新聞の加入を図った。
さらにアジアの会員社も増やした。
翌2001年、行われた参議院選挙前、いちゃもんを
つけた政党の広報担当者に(これでどうだ!)と
気負って会員社リストを示して交渉した。
だが、その政党は「費用対効果がない」と
にべもなく断った。

北原は世界日系人大会や世界日系新聞大会などで
浮き彫りになった在外被爆者、二重国籍、日本語教育、
半人前の在外選挙権、ODA等々の様々な問題を
これまで関係官庁や政治家たちに陳情を繰り返してきた。
しかし、近年、その陳情に空しさを感じていた。
北原は、「遊びは終わりだ」という啓示から
何か大きな使命を担わされるのだろうと覚悟をして
日々その意味を考えて過ごした。
参議院選挙後、パラグアイに帰国した北原の胸に
小さな小さなさざ波が時折、押し寄せるようになった。
(オイオイまさか?そんなドン・キホーテ役は
出来ないよ…)
そんなピエロの茶番劇をやれっていうんじゃ
ないだろうな…?
北原は消しても消しても押し寄せてくる
さざ波をいい加減もて余した。

「選挙に立候補しろ!」ーだと…。
確かに昨年から海外在住の日本人たちも国政選挙の
投票権は出来た。だがそれは比例代表のみだ。
何十年も海外で暮らした男が今さら故郷に帰った所で
浦島太郎だ。 とんだお笑いぐさのピエロだ。
「やめろ~」
振払っても振払ってもその思いはあたかも
満ちてくる潮のようにひたひたと寄せてくる。
確かにその波の源流はあった。
ほんの7、8年前まで世界日系新聞協会メンバー社で
経営不振の社は南米組と決まっていた。
ところが、ここ4、5年、北米の社も苦境を
訴えるところが増えてきた。
強引に協会を引っ張ってきたリーダーとしては、
何とか協会メンバー社の経営を立て直したいという
責任感が重くのしかかっていたのも事実だ。
各国各地で数十年もの移民の歴史を刻んできた
伝統ある邦字紙。当地に根を張った信用と
情報ネットワーク。有形無形の財産を持つこれら
邦字紙をムザムザ潰していいのだろうか?
新聞社の灯が消えるということは、
そこの日系社会の活力が殺がれるということだ。
ひいては日本の海外資産を消失することだ。
これまでも海外邦字紙の有効活用を日本の有力者、
関係機関、政治家などに力説してきたが
全く無駄骨だった。
また、昨年、せっかく獲得した在外選挙権だが、
比例代表選挙のみの投票権と登録手続きの煩雑さ、
投票のやりかたなど不合理な点が数多くあった。
それらの高い障壁から登録率、投票率とも惨澹たる
有り様であった。この低登録率、低投票率から
ある政党などは在外選挙不要論を唱える始末だった。
ここは誰か海外日本人代表として立候補して内外の
関心を高め登録率、投票率ともに上げる必要があった。
ーかといって地盤、看板、かばんの何もない男が
名乗りを上げても99%泡沫候補で終わるのがオチだ。
回りを見回してもそんなバカをやるような人はいない。
誰が見たって北原は、政治家とは縁遠い人物であろう。
白を黒と言い張るような腹芸など出来ないし、
善悪合わせ飲むような太っ腹でもない。
誰とでもガハハとざっくばらんに打ち解けるような
性格でもない。どちらかと言えば内省的な人間で
つき合う人間もえり好みする方だ。
まさにこのさざ波にも似た天啓は、北原に
180度の転換を促すものだった。
逃れようはなかった。追いつめられた北原は、
郷里大分の友人と東京の知人に
「次の国政選挙に名乗りを上げようと思う」
とメールで相談した。
郷里の友人は、
「ガチガチの網の中に入り込む余地はない」
と厳しい現状を知らせてきた。
東京の知人は、「大歓迎です」
と無邪気に喜んでくれた。
踏み出す世界は暗黒のブラックホールだ。
まさに25年前のパラグアイ移住を決断した時と同じだ。
ヘタヘタと崩れ落ちるような脱力感にも
似た恐怖に襲われる。
政治の世界は魑魅魍魎の住む別世界―。
昨年の衆議院選挙の当落者データをチェックしてみる。
いずれも二世、三世の世襲議員や有名な名前ばかりだ。
還暦を迎えた今「パラグアイのドン・キホーテと
嘲笑されるのがオチだぞ」
「体力はあるか?」
「気力はあるか?」
「それに資金はどうする?」
「妻にどううちあける?」
「どういう手順、方法で進めるのか?」
「四面楚歌、支援者は?」 七転八倒の逡巡の末、
「立とう!」と遂に北原は決意した。
「ヨッシャーッ!」と覚悟を決めたのはいいが、
北原にとって最大の難関は、如何にして優子に
打ち明けるか?ーだった。
様々な難関をクリアしてきた北原だったが、
優子に新たな苦労を強いるのはさすがに辛かった。
何しろ「パラグアイに行く」と25年前、
打ち明けた時、2人の幼い子供を連れて何も言わず
ついて来てくれた妻である。
打ち明ける場所とタイミングを計った。
ある日、さりげなく彼女のお気に入りの
グランホテル・パラグアイのレストランで昼食をした。
昼食後、プールサイドの椅子でコーヒーを飲みながら
「実は…」と打ち明けた。
長い沈黙があった。
「お金はどうするの?」ポツリと聞いた。
「金は天下の回りもの…」
超楽観主義の人生哲学を滔々と北原は、まくしたてた。
「それにこれは天命だから…」と、新宿での啓示、
それにジワジワと押し寄せてきた思いなどを話した。
「マ、いいか。子供たちも大きくなったし、
最悪の場合、あなたと二人、チャコでインディオ生活か、
隅田川堤防でホームレスでもやるか!」
いつのまにか信じられない程、たくましくなっていた
優子に北原は胸が熱くなった。

OK、人寄せパンダのドン・キホーテ役を
やってやろうじゃないか!
北原は「白い道」を歩く覚悟を改めて噛みしめた。
勝手に国会議員選挙に立候補するとオダを上げた所で
何の効果もない。
北原は早速、パラグアイの日系社会を代表する
日系5団体の推薦状をもらった。
その推薦状を持って各国の日系諸団体の協力を
仰ぐことにした。
まず北原は、隣の国、サンパウロを訪問した。
                     (続く)




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