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2008.02.19 (Tue)

守護神「サンブラスの夜明け」

「時事斜断」

サンブラスの輝かしい夜明け
              坂本邦雄



2月3日はパラグアイの鎮守神サンブラス
(San Blas)の聖日である。
その前の2日はカンデラリアの聖燭節
(Candelaria/聖母マリアが受胎告知を
受けた2月2日)で、カトリック教会は
恒例の各礼拝ミサを行うのが習わしである。

しかし、パラグアイ近代史に刻まれた
1989年の2月2日の夕刻から 
翌3日の早暁にかけては、当時パラグアイで
何人すら思いもよらぬ大事件が起きたのである。

つまり、約35年間も非道な
原始的圧制政治の下に、
国民を長らく悩ませた思想的にも時代遅れの
ストロエスネル政権が、
お互いの息子・娘夫婦の
親同士(Consuegros)の関係だった
アンドレス・ロドリゲス騎兵中将の率いる
反乱軍の決起に依って意外に
脆くも崩壊したのであった。

絶対権力を一身に集めた
アルフレド・ストロエスネル大統領にしては
実にアッケない結末ではあったが、
この蜂起が長期の内乱にまで
発展しなかったのは幸いであった。

それと言うのも、クーデターの舞台となった
大統領親衛連隊の兵隊達の多くが、
恰(あたか)も前述の宗教祭の休みに
非番で外出していた処を狙って
チャコ(セリート基地)の騎兵機械化部隊が
出動して襲った為であるが、
それでも200人とも300人以上とも
云われる将兵が(ついぞ公式な発表は無かったが)、
激しい銃撃戦で死傷した。

急を知って親衛連隊内の参謀本部に
長男グスタボその他と共に避難した
ストロエスネル大統領は、
そこで 戦闘服に重武装した決死の
リノ・オビエド大佐(当時)に降伏を求められ、
最初は一度自宅へ戻り、
後はその足で騎兵連隊へ行くことを望んだが、
実際はアンドレス・ロドリゲス将軍が
反乱軍の指揮を執る第一軍団司令部に保護され、
そこで初めてストロエスネルは完全に
実権を失った真相を思い知り、ロドリゲスの
面前で大統領辞任状にサインした。

かくして、ロドリゲス将軍は2月3日早暁、
決起軍が放送を許していた唯一の
「ラジオ・プリメロ・デ・マルソ放送局」
を介して、ストロエスネル打倒クーデターの
目的を成功裡に成就した声明を内外に  
宣言したのであった。

こうして、重苦しくて息が詰まりそうに
感じていた長期独裁政権の悪夢から醒めた
多くの国民は、「サンブラスの輝かしい夜明け」
を迎えて、正に何十年振りかで自由の
空気を思う存分に胸一杯吸い込んだのであった。

パラグアイ国を我が封土の如く思うに任せ、
強権を欲しい儘にして長期に亘り治めて来た
ストロエスネルにして見れば、
“飼い犬に手を噛まれた”思いで
甚だ無念の極みだったろうと察せられる。

第一軍団司令部で抑留中、
最初ロドリゲスは近隣国では後々が面倒なので、
第一案としてアメリカのマイアミを亡命先に
充てる考えだったらしいが、
ストロエスネルは“イングリッシュが出来ない
余を英語圏に追いやって如何(どう)する積もりだ”
と反対したので、結局は
昔からストロエスネルと関係の深かった
ブラジルが選ばれ、クーデターの2日後の
5日午後3時半には、旧パラグアイ航空LAPの
特別機でブラジルへ追放された。

磐石の政権の座から滑り落ちた
為政者の哀れな末路である。

思うに功罪相半ばする
ストロエスネル政権ではあったが、
一番の問題はその専横政治の“民衆暗愚化”
の下で有意の後継人材が育たなかった、
又は“出る杭は打たれた”事である。

その余りにも長すぎた独裁政権が残した
後遺症の影は、ストロエスネル失脚後の
ロドリゲス、ワスモシ、クバス、ゴンサレス・マキ
や現ニカノル・フルトスの各歴代政府の
代になっても未だに完全には拭い切れず、     
惰性的に民主政体へ移行の“試行錯誤”を
続けているのである。

かっては飛ぶ鳥も落とす勢いを誇った
ストロエスネル政権が崩壊してから
既に19年の歳月が流れた。
伯国ブラジリア市で長男グスタボ元空軍大佐に
付き添われ、寂しい亡命生活を送っていた   
ストロエスネルは、夫人ドーニャ・エリヒアの
葬儀の際にも帰国は許されず、
一度もパラグアイの地を再び踏む事はなく、
ついに2006年8月16日に
老衰で94歳の生涯を終えた。

革命政府の初代大統領を務めた
アンドレス・ロドリゲス将軍(大将に昇進)も、
アメリカで1997年に結腸癌の手術の
経過が悪くて死亡した。
享年74歳だった。
(一説には、CIAやFBIから
パラグアイ麻薬カルテルや密輸団の
首領と睨まれていた為に体よく始末された
ものとも云われている)。

今年は閏年(うるうどし)で、
パラグアイ新時代の「輝かしい幕明け」より
19年目に当たる。

物識りに依ると過去、毎閏年には珍しい事が
多く起こっていると云う。

干支では子年で中国の人達は縁起が良いと云う。
 となれば来る4月20日の全国総選挙戦では
新進の最も信望に値する次期大統領が選ばれ、   
8月15日に予定の政権交代では、
これ迄にポスト・ストロエスネルの歴代政府が
完遂出来なかった懸案の政体改革を、
今度こそは成し遂げ得る新民主政権の
誕生を是非とも望みたいものである。  
                   (了)
(日系ジャーナル 2/15号より)



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タグ : 日系ジャーナル パラグアイ

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