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2006.06.20 (Tue)

ヒットラーのドイツ映画、観たよ~!

(ちょっと重いんだよナ~)
と余り気は進まなかったが、やはりこの人物の
「最後の12日間」という重要な日々は、
一応、千早ぶる僕としても押さえておかねば…、
と映画館に出向いた。

映画館は、ドイツ人のお年寄りと思しき人たちが多かった。


「LA CAIDA」(崩壊)
邦画タイトル「ヒトラー ~最後の12日間~」を観た。


20世紀最大の悪魔ヒットラー…。

陥落寸前のベルリンで、地下要塞に潜んだヒトラーを
中心とするナチス中枢にいた人々の極限状況を描いた
歴史的な映画です。

小心者で臆病者で頑固で時に狂気と優しさをかいま見せる
普通のオッサンのヒットラー。

裏切りに走る高官、酒に溺れる高官、絶望にの淵で
饗宴乱痴気パーティーに溺れる高官たちの姿…。

身勝手な論理で処刑を実行してまわるSS部隊の狂気。

陥落寸前のベルリンのカオスを濃密に描いた大作ではあります。

原作は「ヒトラー ~最後の12日間」(ヨアヒム・フェスト)と
「私はヒトラーの秘書だった」(トラウドゥル・ユンゲ)の二つ。
下にドイツが製作した映画、ということが大きな話題になった。

悪魔ヒットラーの個人秘書が真近かでみた
「人間ヒットラー」、というのがもう一つの話題性ですね。

青年時代のヒトラーは美術学校を受験したが落第した。
彼が学長に落第したその理由を訊ねた所、
「君には建築家がむいているのではないか」と言われた。

事実、彼の建築好きは凄まじいもので首都ベルリンの
都市改造計画をぶち上げた。

ベルリン改造計画の完成予想模型は、シュペーアが訪ねて来た時、
映画にも出てくるが、凱旋門や大会堂はヒットラーが10年
以上も前に描いたスケッチを基に設計されたものです。

ベルリンの建設総監には当時37歳の建築家
アルベルト・シュペーアが任命された。

彼の最大傑作の空間創造は、「光の大聖堂」である。

1934年のニュールンベルグ党大会の5日目に
ツェペリン広場の周辺に12m間隔に並べられた対空
サーチライト130台が6~8kmの高空に達する
光の大聖堂が創出されナチ最大の演出効果を生んだ。

この光の魔術でヒットラーはドイツ国民を熱狂的夢遊病状態に
陥れることに成功した。

映画の中でシュペーアが別れの挨拶にヒトラーを訪ねてくる。
頑強に降伏を拒むヒトラーに対し、
国民を巻き添えにするのだけはやめてくれとシュペーアは頼みます。
これに対してヒトラーは次の様に答えている。

「わが国民が試練に負けても私は涙など流さん。
それに値しない。彼らが選んだ運命だ。自業自得だろう」
 
「ヒトラーが考えていたのは2つの民族の絶滅かもしれない。
その1つがユダヤ人なのは周知の事実だが、
もう片方はドイツ人だ。」(ヨアヒム・フェスト)

この映画の最大の傑作は、
ヒットラーは勿論のこと、ヒムラー、ルドルフ・ヘス、
ヨーゼフ・ゲッベルス等々、殆どソックリさんの
役者を当てていることです。

特にこのゲッベルスの妻、マクダ・ゲッベルスが幼い6人の
子供に毒を飲ませるシーンは鬼気迫るものがあった。

この映画に登場するヒットラーは、時に狂気の片鱗を見せるが、
歳老いた打ちのめされた普通のオッサンにしか見えない。

「ナンヤ、普通の仕様もないオッサンやないけ!」と
世界中の人々に思わせれば制作者としてはニンマリでしょう。

ーとちょっぴり、単細胞的に分析しつつ
北朝鮮のテポドン問題と
ヒットラーの時代が何やらだぶってくる今日この頃、
皆さん美味しいコーヒー飲んでますか?

アメリカがわざと世界中で嫌われ者になり孤立化を深めて
行く中、今、この時代にドイツでヒットラー映画が
ナゼ作られたのか、その背景とその意味を次回ボチボチ考えてみよう。



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タグ : 映画 ヒトラー

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