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2011.02.09 (Wed)

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お昼のNHK歌謡番組であの「千の風になって」をあのテノール歌手・秋川雅史が
洋画「慕情」の主題歌“Love Is a Many Splendored Thing”を朗々と歌い上げていた。
今や大昔、ニキビ華やかなりし頃、中学生時代からの初恋の君・HFさんと念願かなって大分市の映画館で立ち見で観た映画だ。
彼女は、ほっそりタイプで首が長く「慕情」のヒロインのジェニファー・ジョーンズに似ていた。彼女とは手も握らないままに終わった全くのプラトニックラブだった。
音楽はまさに魔法使いみたいに自由自在にメンタルの世界を広げてくれる。

▼魔法、といえば、昨夜、まったく不思議な体験をした。
ショッピングセンター・ソルから帰宅途中、前方に大型トラックが故障して止まっていた。「故障したのが信号の手前じゃなくてよかったね」とカミさんと話しつつそのトラックを追い越して前方に出た途端、エンジンがス~ッ、と止まってしまった。
キーを回してかけようとしたがウンともスンとも手応え無し…。
時間は夕方のラッシュ時、後ろの車がクラクションをビ~ビ~ならすので焦ってしまった。…と、道路脇の屋台のハンバーグ売りの兄ちゃん2人が駆け寄って車を押して道路脇に駐車出来た。そこでおもむろにキーを回すとグィ~ンとかかったではないか⁉
あそこはミステリースポットだったのだろうか…⁇


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2011.02.09 (Wed)

「慕情」とミステリースポット

お昼のNHK歌謡番組で、
あの「千の風になって」で有名になった
テノール歌手・秋川雅史が洋画「慕情」の
主題歌“Love Is a Many Splendored Thing”を
朗々と歌い上げていた。

今や大昔、ニキビ華やかなりし頃、
中学生時代からの初恋の君・HFさんと
念願かなって大分市の映画館で立ち見で観た
映画の主題歌だ。

彼女は、ほっそりタイプで首が長く「慕情」の
ヒロインのジェニファー・ジョーンズ
に似ていた。

彼女とは手も握らないままに終わった
全くのプラトニックラブだった。

音楽はまさに魔法使いみたいに自由自在に
メンタルの世界を広げてくれる。


▼魔法、といえば、昨夜、まったく
不思議な体験をした。

ショッピングセンター・ソルから帰宅途中、
前方に大型トラックが故障して止まっていた。

「こんな所で故障して、大迷惑だな~、
故障したのが信号の手前じゃなくて
よかったね」とカミさんと話しつつ
そのトラックを追い越して前方に出た途端、
エンジンがス~ッ、と止まってしまった。

キーを回してかけようとしたが
ウンともスンとも手応え無し…。

時間は夕方のラッシュ時、後ろの車が
クラクションをビ~ビ~ならすので
焦ってしまった。

…と、道路脇の屋台のハンバーグ売りの
兄ちゃん2人が駆け寄って車を押してくれて
道路脇に駐車出来た。

そこでおもむろにキーを回すと
グィ~ンとかかったではないか⁉

あそこは
ミステリースポットだったのだろうか…⁇







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2011.02.11 (Fri)

何となく晩夏…ご先祖様のこと

朝風呂につかりながら
窓の外の空を見上げると
真っ青なブルーブルーブルー、空が高い…。
何となく夏も終わりだな~、と感慨に浸る。

風呂は3階の屋上に作っているので近所の
屋根がズラリ見える。

2月11日だから、日本の季節でいえば、
8月中旬、というところだろう。

4日前、いつも通り仏壇と神棚に
祝詞と般若心経を唱えていたら、
フッと、
(あれ、今日は亡父の命日じゃなかったかな?)
と思い、お経を終えて位牌を裏返してみると
やはり、2月7日が命日だった。

あと、2年で亡くなった親父と同じ歳に
なると思うと感慨深い…。

親父は酒好きで毎晩ちゃぶ台の前にお袋を
侍らせて晩酌をちびりちびりやっていた。

僕たち子供は別の部屋で食事をしていた。


親父は姉と妹がいたが皆酒好きだった。
長女だった伯母さんは、親代わりで弟の
親父を「忠(ただし)、忠 」と
猫っ可愛がりしていた。

伯母さんは大分のバス会社の創業者の
社長夫人で親父はそこの常務だった。

バス会社創立時、伯母さんは八面六臂
金集めにかけづり回ったらしい。

ボクが子供時代の伯母さんは
勝ち気なきつい顔をしてホントに
コワイ伯母さんだった。

子供時代、広大な社長邸に行くと
時折、伯母さんと親父の
酒を酌み交わす姿を観たものだ。

創立者社長は、日本人離れした
英国人のような顔立ちの見事な
ジェントルマン振りだった。

子供だったのでよく分からなかったが、
2号さんがいたらしい。

別府に社長の別荘があり
時々遊びにいったものだ。

その別荘は、歌人で有名な柳原白蓮
(明治18年伯爵「柳原前光」の妾の子と
して出生。大正天皇の従妹にもあたる)の
別荘の近くにあった。

今や茫々たる大昔の話だ。

親父は子供時代に両親を亡くした様で
不遇な時代を送ったらしい。

お袋の実家のことはよく分かっているのだが、
親父の実家やご先祖様の事は茫として
分からない。

親父とはまともに向き合って話した事は
なかったが、お袋が時にチラリと
聞かせてくれた話では
結構なご先祖様だったらしい。

子供時代、その社長の養女にいった姉も
「歳をとるとご先祖様のことが気になるわね。
もっと詳しく聞いていたら良かった」と
後悔していた。

子供が出来なかった伯母さんは
ぼくの姉3人と兄を養子にしていた。

従ってボクが高倉家の長男となった。


亡くなった親父の歳に近づいてきた昨今、
何となく、
ご先祖様のことが気になるようになった…。








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