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2009.10.13 (Tue)

インカ漂流 

インカ漂流


10月下旬、北原はかねてからの
念願だったペルーに一人旅立った。
首都リマのアルマス広場周辺の旧市街地は
世界遺産に登録されており、カテドラル、
大統領府、リマ市庁舎が立ち並ぶ
マヨール広場や独立戦争の雄
サン・マルティン将軍を祀る
サン・マルティン広場等旧文化遺産が多い。
しかし、これら旧市街地は、次第に、
すえた臭いがするダウンタウン化し、
リマ商業の中心地は今やミラフローレス、
サンイシドロ地区などの新市街地に
移っている。

海岸沿いのミラフローレス地区には
瀟洒な近代ビルが建ち並び、ツーリストは
物騒なセントロを避けて、
こちらに増えている。
今や、ほとんどの航空会社のオフィスも
ミラフローレスへ移転した。
ヨレヨレズボン等の貧乏スタイルが
嫌いな旅行者は、こちらに泊った方が
無難だろう。

ドロ沼の母国を嫌って海外脱出を図る
ペルー人が増えている。
彼らの脱出国はアメリカ、カナダ、
オーストラリア、ベネズエラ、ウルグアイ、
そしてパラグアイも含まれる。
ペルーの日系人は今や三世、四世と
なっているが、彼らの脱出先希望国の
ナンバー1は日本だ。
だが、両親が日本国籍をもたない彼らは
完全なペルー人だ。
外国人である彼らは合法的に日本で
働く事はできない。
それでも彼らは次々と日本へ流入している。
世界中の後進国から羨望の眼でみられる
パラダイス日本はアメリカと並ぶ、
絶好の出稼ぎ国となった。
後進国の一年分はおろか数年分を
わずか一ヶ月で稼げるとなれば、
この水の流れを誰も止めることはできない。
汚れ仕事、重労働、単純労働を嫌う
若者が多い今の日本では、これらの仕事を
外国人に代替してもらうしか日本の産業を
支えきれなくなった。

グルメ志向の飽食日本の現況は、
辺境の蛮族たるゲルマン人を傭兵とせざるを
得なかったローマ帝国末期の姿に
オーバーラップする。
文明の爛熟は歴史の必然として内から
崩壊の芽を育てる。




プレインカ その残照





「これが世界最大の織布で幅3.9m、
長さ25・5mあります。パラカス・
ネクロポリス文化で紀元前
400年~300年頃のものとされています」
ガイド役の山口健はヒゲをふるわせて
誇らし気に今なお色鮮かなショウケース内の
織布をさし示した。
日本人ガイドとしてはペルー随一と評価の
高い山口の案内でリマ国立考古学人類学
博物館を見学できた北原はラッキーだった。
彼は一週間前、日本のテレビ番組取材の
コーディネーター兼通訳としてパラグアイに
来たばかりだった。

「数日後ペルーに行く予定です」と
彼に話したら「多分、その頃はペルーに
帰っているから案内は任せて下さい」と
力強く約束してくれた。
その彼と約束通り再会できた。
「今は個人ガイドはやっていないんですよ」
という彼は、日本のテレビ局や、
各種ミッション等のコーディネーター
として中南米をとびまわっており、
リマの妻子のもとにいるのは一年の内
わずか二、三カ月足らずという多忙さだ。
専門的な山口の説明は各時代の土器や
金銀細工、織布、ミイラ等をドラマチックに
際立たせ、北原はグイグイとプレインカの
異次元の世界に引きこまれていった。

「ウーン!」「スゴイ!」「成る程!」
人間感動すると単純な言葉しかでてこない。
館内には二人の他に人は居なかった。
うす暗い通路の両側のショウケースに
照明に浮きでた土器類がひっそりと
息づいていた。
一つ一つの展示物が時代を越えて
北原に何かを訴えてきた。
新大陸の文明はジャングル地帯に生まれた
マヤ文明と、北緯5度から南緯60度、
南北約5、600Kmにも及ぶ
アンデス文明の二つに代表される。
なぜ、肥沃な平野部でなく人間の生存に
厳しい両地域にかくも高度な文明が
生まれたのか、これは永遠の謎だ。
アンデス文明の研究はまだ初期段階で
発掘調査もほんの一部分しか行われておらず、
その全容は依然霧の彼方に隠されている。

学問上の通説では、新大陸の住民、
モンゴロイドがベーリング海峡を渡って
アンデス地帯に到達したのは、
今から約一万年ほど前だという。
それから約5、500年の間
採集狩猟生活を彼らは営んでいた。
農業が始められたのは紀元前
2、500年頃からで、それも
採集狩猟生活の補助的なものとして始まった。

紀元前1、200年頃になると彼らは
土器を作り始め、とうもろこしの栽培を
始める。
そして紀元前700年頃、
プレインカ文明の萌芽が始まる。

チャビン文化とよばれるこの文化は、
巨大な神殿を築き、見事な土器、石の彫刻、
黄金細工を生み出す。この文明は
アマゾン河の源流の一つである
マラニョン河源流地帯に突然現れた。

ペルーの医者だった考古学者
フーリオ・テーヨが1919年マラニョン河
源流の深い谷の底である、
チャビン・デ・ワンタルという村に
アンデス最古の大石造建築物たる
城塞を発見した。
この城塞は地下神殿をもっており、
更にその奥には、急な狭い地下道が
続いている。
だが、何人もこの地下道の行方を究めた者は
いない。
チャビン文化とよばれるこの文化は
またたく間にアンデス一帯に広がる。
宗教も前時代に比べ発達し、宗教儀礼も
確立化してくる。彼らは死後の彼岸の
生活でも現世の生活が続くと考え、
砂漠の墓地に死者とともに死後の生活に
必要な生活用具、土器等を副葬した。
チャビン猫に代表される
チャビン文化期の土器は、シンプルな形で
赤、黒、褐色が主で又、それらの混合の
色調もあり表面がツルツルに磨かれている。

嬰児のとき、頭の前後を板ではさんで
長頭に変形した頭蓋骨も多く見られる。
この文化期から金銀細工がみられ、毛抜き、
耳飾り、鼻飾り、冠、飾り玉等非常に
変化に富んでいる。
この文化の伝播は軍事的征服からでなく
宗教的分野から広がりをみせたものと
みられている。
シンプルにして雄渾な土器を生み出した
ユニークなチャビン文化はなぜか
紀元前500年頃急にアンデスから消え去る。
この消滅の原因は軍事的征服等に
よるものではなく何か別のものらしいが、
よく分かっていない。

このチャビン文化の後、アンデス一帯に
三つの文化が起こる。
北部のモチーカ文化と南海岸地帯の
パラカス・ナスカ文化、それにアンデスの
海抜4000mチチカカ湖畔に巨石建造物を
生んだティワナコ文化である。
この三つの文化が紀元前後に並行して栄える。

モチーカ文化期の土器は日常生活の場面を
リアリズムに描いているのが特徴で
エロチックな性描写の土器もある。
人間の顔は全て横向きでダイナミックな
動きを見事にとらえた走る人間像等もあり、
土器はクリーム地に赤、又は黒色の彩色を
ほどこし上手に磨きこんでいる。
この文化期の一番の特徴は織布技術の
見事さにある。

パラカス・ネクロポリス、中央海岸の南端、
パラカス砂漠の巨大な埋葬場で数百体の
ミイラが発見された。
それらのミイラは全て四~六色の調和が
とれた模様をもつ織布で包まれていた。
これらの織布は、魚や鳥の模様、
擬人的動物、幾何学模様が配された
見事なもので、その中の一つが先にあげた
世界最大の織布
(幅三・九m、長さ二五・五m)だ。
この文化期になると貴族、奴隷、戦士等の
階級差が生じる。
しかし残念ながら彼らの住居跡は全く
見つかっていない。

パラカスの南二〇〇Km、海岸から
約八〇Kmの内陸部に謎の地上絵で
有名なナスカ文化が生まれる。
ナスカ土器は、自然主義的な手法で鳥、魚、
虫、植物等を十一色以上の色彩を
使っているが何故か、青と緑の二色が
欠けている。
それらの土器には神話的な奇怪な
擬人化された動物が描かれ、
仮面をつけた様な猫科の動物が印象深い。
織布は土器と同様のモチーフの模様で
一九〇以上の色調が使われ美しい。
金属工芸はモチーカ文化のものに比べると
幼稚で落ちる。
技術的には鋳造法を知らず大型なものは
少なく量的にも貧弱だ。
このナスカ文化期には特定の宗教もなく
権力の集中もなかった様だ。

ボリビアのチチカカ湖畔に生まれた
ティワナコ文化期の土器はナスカの様に
多彩でよく研磨されているが、色調は
ナスカに比べやや暗く、黒、白、灰色、
褐色が主体となっている。
デザインは幾何学模様が特徴で横向きの
プーマ、コンドル、正面向きの戦士等がある。

「この幾何学模様をよく覚えていて下さい」。
山口は反応を確かめる様に北原の顔を
のぞきこんで念を押す。
何でもこのティワナコ文化が後の
北海岸地帯に生まれたチムー文化や、
中央海岸のパチャカマ(パチャとは天地、
カマックは創造者)文化、リマ文化
(チャンカイ文化)にまで
影響を与えたらしい。
このティワナコ文化はアンデス地域全般に
均質の文化をもたらせたが、
その中から新たな地方文化が芽生える。
その最大のものが黒色土器で有名な
チムー帝国で、この時期、金銀工芸は
最高水準に達する。
このチムー帝国は1450年頃、
インカ帝国に併合される。

北原はアンデス文化の土器の変遷を
眺めている内に文化の興亡がこれらの
土器にも色濃く反映しているのに気づいた。
ティワナコ文化末期の土器は、
やはり勢いがなく造りも粗雑だ。
プレインカ期のコーナーを終って、
アンデス最大の文明を誇るインカ時代の
コーナーを見学しているうち、
北原は奇妙な感慨にとらわれた。

インカ期土器の何と精彩を
欠いていることか…。
「これらをみていると先史時代にあった
何か巨大な文明の残滓の様な気がしますね」
その感慨がポツリと北原の口からでた。

しかし、山口は、その言葉の
意味するものには気づかず、型通り
インカ期の土器等についての説明を続けた。

当博物館の最終コーナーに失われた
空中都市マチュピチュ遺跡の縮小模型がある。
その縮小されたマチュピチュ遺跡は
畳二十枚分もあるだろうか?
現地を実際訪れるまでもなく
その全容が分かる。
幽玄の気さえ感じられるそのミニチュアの
空中都市を見つめている内、北原の感慨は
確信に変わった。

“そうだ。やはり間違いない。
文明は一旦、衰亡したのだ…。
ザザザザッ、ドーン!

北原はパチャカマの神殿都市の廃墟に立ち、
インカ帝国の創造神であり、教化者であった
ビラコチャが去ったという太平洋を
眺めている。

数年前、犬吠崎の早朝の海岸で茜色に
染まる雲と眩い光彩を放つ朝陽を撮影した。
豪快な波が岩場にぶつかり
白い飛沫が飛び散る。
次々と無数にとびちる飛沫は、無限無常の
人類の歴史でもあった。
海はそれらの母であり、
空はそれらの父であった。
たっぷりとした波を次々送りこむ彼方に
北原の第二の故郷、南米の大地がある。

無限の生命を生みだす海の香に誘われて
モンゴロイドたちはベーリング海峡を
未知の世界へ旅立っていったのであろう。

北原もまた豊かな世界を棄てて
未開の荒野をトボトボと歩く現代の
モンゴロイドに他ならない。

北原はバチャカマの廃墟で
遥か時代を経たタイムラグの玄妙さに
自失した。
この世に絶対の真理があるとすれば、
それは時間だけかも知れぬ。
時の秘義を究めた者はいない。
             (以下次号)





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2009.10.19 (Mon)

雨の伊具阿須(イグアス)神社



昨18日(日)、やっとアスンシオンでの
雑務も片付き、午前9時出発。
イグアスに13、15分到着。
コロネルオビエド(120km)の街迄、
約2時間、平均時速60km。
ここ迄がいつも時間がかかるんだよね。

いつものレストランで
コーラ1本買って、トイレ休憩。

カーグアス(約170km)の街を抜けると、
単車線ながら比較的、車も少なく
スピードを出しやすい道路が続くので
アクセルを床一杯踏みっ放しで
飛ばし飛ばしてイグアス。

途中から竹下ラーメン店に電話したら
「1時半迄やってますから大丈夫ですよ」
と、奥さん。

何とか店に滑り込むとKさん夫妻が
ラーメンを食べていた。

ラーメン、餃子、ライスをズルズル、
ガツガツ食べて「フ~ッ」満腹、食べ過ぎ~!

Kさんが
「Km47沿いに車が一杯だったでしょう?」
そういえば何かやっていましたね。
「そこでラリーをやっていますよ」
というので行ってみると
成る程、車、車、車が一杯!
グゥオーン!とエンジンの咆哮が
響き渡っている。

レース用の改造車が1周約1800mを
土ぼこりを上げて凄いスピードで
走り抜ける。

聞けば、イグアスの日系青年
約30名が作った
「イグアス オートモビル クラブ」
が主催しているという。
出場車30台、
ムムッ、イグアスもやるもんだ!



イグアス神社に来た。

神社は雑草もきれいに刈られており、
エルミニョ ブログ用
(写真はエル・ミニョ)

また、エル・ミーニョ(故・久保田さんの
紹介で柵、家、管理全般を頼んできた。
大工、左官も出来る総合請負師。
信頼出来る好人物。近所に住んでいる。
今や総合支配人的存在)に雑草抑えの
ためお社周辺に植えさせた豆の芽が
10センチ程、伸びている。

昨夜半からまた、雷混じりの雨だ。
今朝、起きて外を見ると、一面に
小さな池が出来ている。

ここイグアスのテーラロッシヤ
(世界3大肥沃土)の赤土は、雨が降ると
べっとり靴やタイヤにこびりつくし、
乾くとガチガチのコンクリート状態に
なるという厄介者だ。

24日(土)にオイスカの中野総裁一行
5名がアスンシオンに到着するので
22日(木)には戻らねばならない。

その間、当神社で総裁参拝の
受け入れ準備だ。


今回、神社に来る迄の20日間、
高倉ファミリーにとって大変な厄落とし、
というか、浄霊(御霊浄め)を頂き、
一時は日系ジャーナルの廃刊も覚悟した。
しかし、それも総て治まり神社に
来る事が出来た。

それもこれも今回、いよいよ小さなお社に
ご神体を奉納するための避けては通れない
重要な儀式であり奇跡だった、と
今、改めて悟った。

この出来事は、ノンフィクションとして
近日中に書き上げようと考えている。





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2009.10.20 (Tue)

イグアス神社地鎮祭は7/17(金)


レレッ⁉

イグアス神社の地鎮祭は、ハテ?
いつだったかな?

確か、書いた筈だったけど?

ーと探したが、見つからなかったので
取りあえずメモしておきます。

2009年7/17(金)でした。







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