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2008.06.09 (Mon)

拙著「イグアスの風」更に遅れ、8月出版予定…!

久しぶりのブログ更新だ。

弊社、編集長のパソコンが壊れたので、以来、ボクの
パソコンを彼に貸していた。

昨年もカミナリの直撃で弊社3台のパソコンが壊れたので
買い替えたのだが、“魔”の働きは執拗だ。


拙著「イグアスの風」は今年、1月末刊行の予定で昨年から
準備を進めてきたが、その予定が5月下旬に延びた。


今朝(6/9)「「在外邦人としての出馬、さらにユダヤ民族と
日本民族との接点発掘という大ロマンをベースにさらに加筆、修正してほしい」
と出版社社長から、“8月出版を目指したい”というメールが入った。


魔のいたずら…!

以前、これにも書いたが
1月、松の内も明けぬ5日、いつも早朝ウォーキングに行く
公園で瀕死の青い鳥を拾い自宅に持ち帰ったが、程なく死んだ。

そして4月25日、3階の風呂場でハチ鳥が死んでいた。

その時から秘かに様々な障壁は覚悟はしていた…。

第一の蹉跌は、1年前の訪日時に兆しがあった。

昨年、出版の打ち合せ時、O社長は「日本中を驚かせる本にします」と
張り切っており、元朝日新聞記者のエース編集者を
担当にしてくれた。

「東大卒です」さり気なくも誇らしげな社長。

その編集者もボクの原稿を精読し、「久しぶりに日本人らしい
日本人に出会った。この本を自分の編集者人生の代表作にしたい」
とO社長に話した。

ボクが訪日したら「ホテルに一緒に籠って校正作業に当たりたい」
と張り切っていた。

訪日前、メールでその編集者と校正の荒打ち合わせをした。

訪日直前、彼から「体調が思わしくないので病院に検査に行くので
訪日を1カ月、遅らせて欲しい」とメールが入った。

1カ月後、彼の病名が判明した。
胃がんだった。
もう手遅れだ、とかで抗がん剤投与しかなかった。

一縷の望みを抱いて訪日し、彼の病状を社長に聞いた。

「近くの病院に通院して治療を受けているようなので
通院時、打ち合わせが出来るかもしれない」
とのことで、彼に電話してくれた。

「抗がん剤治療で体力の消耗が激しく、気力が全くないので
ちょっと無理です」とのことだった。

これが第1の蹉跌だった。


「イグアスの風」が世に出れば日本の食糧危機問題に
一石を投じる事が出来るのだが…。

ニッポン救済が遅れるが、我慢、我慢。
ムムム…!
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タグ : イグアスの風

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2008.04.27 (Sun)

アマゾン棄民一世、二世の政府、外務省への復讐劇! ブットビ面白かった「ワイルド・ソウル」

イグアスの福岡ペンション宿泊中、2冊の面白い本を読んだ。

1冊目は文庫本の上、下巻「天璋院 篤姫」
(宮尾登美子著・講談社)

NHK大河ドラマで放映中のストーリーなので興味深く一気に読んだ。

(新装版) 天璋院篤姫 (上)(新装版) 天璋院篤姫 (上)
(2007/09/07)
宮尾 登美子

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意外だったのは松坂慶子演ずる幾島が額の真ん中にでっかいコブが
あり皆から陰口で「コブ」と呼ばれていたことだ。
まぁ、容貌魁偉の老女が毎回出るよりも
松坂慶子の美女っぷりを呆(ほう)けて眺める方が
目の保養というものだろう。

虚弱体質だった13代将軍家定に輿入れした篤姫は家定との男女の
交わりもなく一生処女のままだった、という説を述べているが、
それが事実とするなら切ない話だ。

篤姫と家定の新婚生活は家定の病没によって
僅か1年半で終わる。

そして、14代将軍徳川家茂(いえもち・13歳で将軍即位)
との婚約に、歴史上有名な孝明天皇の妹である
皇女・和宮(かずのみや) の降嫁となる。

大奥での皇女派と徳川家代々のお女中たちとの
葛藤もなかなかに面白い。

だが、その家茂も将軍在位僅か8年、
21歳の若さで大坂城本営にて急死した。

家茂公の養母になる篤姫は、家茂公が暗殺されたと頑なに信じて
徳川家の家伝として「暗殺説」を言い残したそうだ。

そして、最後の将軍、徳川慶喜が登場する。

慶喜は天保8年(1837)水戸家の藩主徳川斉昭の
七男として生まれた。
11歳の時一橋家へ養子に入る。
慶応2年(1866)12月5日14代将軍家茂が
病死した事から15代将軍になった。

所が、篤姫は彼を毛嫌いしており、家茂の暗殺は
慶喜だと秘かに信じていたという。

宮尾登美子の小説「天璋院 篤姫」は、篤姫が
明治期に入って皇女・和宮と和やかに行き来して
波乱の生涯を終える、というその後の篤姫を描いて終わる。


この本には書かれていないが、
ちょっと脱線すると、
幕末の動乱期の裏面史として
現代に通じる“孝明天皇暗殺説”
“明治天皇偽物説”が生まれる。

幕末の激動の中、倒幕・佐幕両派の抗争の中で、
岩倉具視と長州志士等によって、刺殺されたとも
毒殺されたとも言われている。

これらの暗殺説を唱える人たちがその根拠としてあげるのが、
次のようなものだ。

孝明天皇は、徳川14代将軍・家茂(いえもち)を信任していた。

強硬な攘夷鎖国説を唱える孝明天皇は、
徳川将軍家との協調を本位に考える
「公武合体・佐幕派」であった。

孝明天皇の「忠臣」であった会津藩主・松平容保(かたもり・
御所並びに京都市中の治安維持の総責任者・京都守護職)
も維新後、「逆賊」とされてしまった。

岩倉具視や薩長土肥の開国・倒幕派にとって、
孝明天皇は彼らの目標実現を阻む邪魔者「敵」であった。

そして、倒幕派により「幼君」(睦仁親王)が擁立された

その明治天皇も実は「暗殺」されていた。

明治天皇とは“大室寅之祐”(おおむろとらのすけ・
先祖は南朝初代の後醍醐天皇!!ーという)が
すり替わった、という驚天動地のトンデモ説が
またまた、縷々出て来るのだが、
これに踏み入るとキリがないので、
ひとまず、この辺で打ち止めにしておこう。

さらに言わでもがな、のことだが、
坂本竜馬をはじめ倒幕の志士たちが、
実はフリーメーソンに操られていた、
という裏話もオモロイ…。

確かに彼らの資金提供、新政府の青写真などの
指南がなければ、世界史の奇跡とまで言われている
回天のマジックたる明治維新はなかっただろうね。

ホントにもう、脱線はやめときましょう…。


宮尾本中、
動乱の江戸幕府崩壊時、男どもが城内から
尻尾を巻いて逃げ出すのに比べ統制の効いた大奥…。
江戸城内の大混乱振りも興味深かった。

それにしても大奥3000人の女性たちとは
空恐ろしい程の膨大なムダな経費と思うのは
男の偏見か…⁇


2冊目「ワイルド・ソウル」
(垣根涼介著・幻冬舎 上、下巻)

近年読んだ本の中で最高に面白かった。
そのスリリングな疾走感、筋立て、濃い人物描写といい、
一気に読破した。

ワイルド・ソウル〈上〉 (幻冬舎文庫)ワイルド・ソウル〈上〉 (幻冬舎文庫)
(2006/04)
垣根 涼介

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初っ端からのアマゾン移民の暗い予兆、絶望、虚無…。
読みはじめて「棄民問題を扱うのにこんな方法があったのか!」
とショックを受けた。

著者の筆力、着想に脱帽!

日本政府を糾弾するアマゾン移民1世、2世たちによる
復讐劇に託した日本の移民政策の本質を知るのには
最高のエンターテイメント小説だ。

2004年、大藪春彦賞、吉川英治文学新人賞、
日本推理作家協会賞という3賞受賞も当然、と納得。
これは絶対お勧め本だ。


帯に「呪われた過去に決別するため、ケイたち3人は
日本国政府に宣戦布告する。外務省襲撃、元官僚の誘拐劇、
そして警察との息詰まる頭脳戦!」

史上初の3賞受賞、
各紙誌の絶賛を浴びた不朽の名作! ーとある。

「日本人がアマゾンに移住すれば3代目にはサルになる」
これは1951年、戦後の移住問題を巡って行われた
座談会記録「在伯邦人社会と移民問題」
アンドーゼンパチ

「アマゾンに移住させることはわが国民を死地に陥れるのと
同じ様なものだ」
初代のブラジル公使珍田氏が外務大臣に上申した報告書。

「アマゾンはとても外国人が住めるところではない。
万一、わが国民を移住させたなら幾百人の移民は
数ヶ月のうちにことごとく惨死するのは確実である」
1900年ブラジル公使大越氏による公文書。

アマゾン移民のことは角田房子さんの本で以前読んだが、
ことごとくマラリアで死んでゆくという、その悲惨な
有様に涙した。

幸いパラグアイの場合は、アマゾンの様なケースとは
異なったものの過酷なその開拓史には襟を正すものがある。

アマゾン同様、棄民扱いされたドミニカ移民たちは
日本政府を相手取って裁判を起こして戦ってきた。

これに対して時の小泉首相は、過去に犯した
外務省、日本政府の対応について陳謝した。

久しぶりに読み応えのある2冊に出会った。



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タグ : 棄民 アマゾン移民 明治天皇替え玉説

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2008.03.07 (Fri)

呆(ほう)けよ! 軽躁なる日本人…

日本人は一見沈着冷静なようだが、
意外と右や左にぶれ易い。
そして付和雷同し易い。
これに比して英国人は物事に動じない大人の見識たる
国民性を身につけている。

―と英国贔屓の著者が著した
「大人の見識」(阿川弘之著・新潮新書)を読んだ。
これを購入したのはカミさんだ。

大人の見識 (新潮新書 237)大人の見識 (新潮新書 237)
(2007/11)
阿川 弘之

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例の「女性の品格」や「日本人の品格」や日本人の
常識シリーズと同類の本だと思って注文したらしい。

女性の品格 (PHP新書)女性の品格 (PHP新書)
(2006/09/16)
坂東 眞理子

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日本人の品格 (ベスト新書 149)日本人の品格 (ベスト新書 149)
(2007/07/19)
渡部 昇一

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カミさん、届いたその本を2、3ページ読んで
「これは、ちょっと私には…」と嘆息をついてボクに手渡した。
パラパラと目次を見ただけで納得した。

“日独伊3国同盟” “昭和の陛下の軍事学”…等々、
これは硬派の本、男性向けの本である。

阿川弘之といえば、コチコチの英国、ネイビー、
昭和天皇礼賛派で徹底的な陸軍・東条嫌い等々の
イメージがある作家で如何にもといった謹厳実直風の風貌から、
これまで敬遠していた作家だ。

本の中にパラグアイのネイビーの話が出てくる。
浅羽満夫元パラグアイ大使から聞いた話として
紹介している。

「南米のあの内陸国に海軍があるんだそうですよ。
2つの大河を行動範囲とする河川海軍ですが、
かってブラジル、アルゼンチン、相手に烈しい
水上戦闘をしたもともあり、国民は自国の海軍を
誇りにしている。その河川海軍の提督が、
『大使、ネイビーはインターナショナル。1日海軍の
飯を食ったら一生海軍』と言ったそうです。
浅羽大使が第二次大戦中、予備学生出身の士官で、
一時期“大和”乗組員だったと知っての親愛発言で
あったらしい」

成る程、読んでみると全編、英国礼賛一辺倒だ。

ボクもラグビーやってたから、英国的なものは好きだ。
特に白地に赤いバラの刺繍が縫い込まれている
英国ナショナルチームのジャージは昔、買って今も
大事にとっている。

だが、英米ダ~イスキ、絶対服従派の人たちは
何となくうさん臭い。

先の大戦では陸軍悪玉、海軍善玉とみなすのが
これまで大勢を占めていたが、
昨今、英米協調派の米内光政、井上成美、山本五十六らは
わざと負けて日本改革を意図していたのではないか?
ーとするやぶにらみ論がチラホラ散見されるようになった。

ーとすると、アメリカに日本市場を丸ごと献上した
市場開放改革論者の忠犬ポチたちもアメリッポンと
なることによって大ニッポン帝国復活を目論む
超高等戦術かしらん?

しかし、大英帝国が培って来た「大人の見識」は、
何人といえども「フ~ム!」と頷かざるを得ない。


この本でボクが感銘を受けたことが2つある。
その1つがボリュビオスの言葉だ。

その話は京大教授の中西輝政さんが、
教えてくれたこととして紹介している。

「ギリシャの歴史家ポリュビオスによれば、
物事が宙ぶらりんの状態で延々と続くのが人の魂を
一番参らせる。その状態がどっちかへ決した時、
人は大変な気持ち良さを味わうのだが、
もしそれが国の指導者に伝染すると、
その国は滅亡の危機に瀕する。
カルタゴがローマの挑発に耐えかねて暴発し、
滅びたのはそれだとー。

さらに付け加えて中西教授が言うには
「この言葉、近代の英国では軍人も政治家も
よく取り上げる決まり文句。英国のエリートは、
物事がどちらにも決まらない気持ち悪さに延々と
耐えねばならないという教育をされている。
世界史に大をなす国の必要条件ということです」。

そしてもう1つは、信玄の遺訓の3つの遺訓だ。

1つ、分別あるものを悪人とみること
2つ、遠慮あるものを臆病とみること
3つ、軽躁なるものを勇豪とみること

この中の3つ目の言葉が本の帯の大きな
サブタイトルになっている。

“軽躁なる日本人へ 
 急ぎの用はゆっくりと
 理詰めで人を責めるな
 静かに過ごすことを習え…”


確かに日本人は無為に過ごす時間が一番苦手だ。
だけど、最近ボクはある小さな発見をした。

それは呆(ぼ)ける、という字だ。

この字は木の上に口がある。
つまり、無為に過ごすとは、この呆の字の様に木が、
ポッカ~ン…と大空に口を開いて大気を吸い込んでいる
状態ではなかろうか、と…。

ポッカ~ン…と呆(ほうけ)て
無為に過ごす時間もワルクはない。



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