2017年04月/ 03月≪ 123456789101112131415161718192021222324252627282930≫05月

2005.12.20 (Tue)

天皇は「玉」だって?

以前、明治天皇すり替え説なるトンデモ論を紹介したが、
これもその続編として聞き流して頂きたい。

山口県熊毛郡田布施町(たぶせちょう)の麻郷村麻里府
(おごうむらまりふ)に、南北朝のころから続く(といわれている)
大室天皇家がある。

明治天皇すり替え説を「裏切られた3人の天皇ー明治維新の謎」
(自由国民社)で打ち出して世の好事家を驚愕させた
著者の鹿島昇によれば、伊藤俊輔(博文)、岩倉具視らが、
大室寅之祐(寅吉)を、かついですりかえを行ったという。

開国か攘夷か大揺れに揺れる
維新前夜には生臭い事件が相次いだ。

尊王攘夷派の第14代将軍徳川家茂(いえもち・20歳)、
孝明天皇(北朝系・36歳)が相次いで急逝した。

この二人の死には不可解な点が多く、毒殺説、暗殺説が
囁かれている。

さて、その孝明天皇の子とされる睦仁親王(当時16歳)だが、
左利きで虚弱体質で乗馬も出来なかった。

ところが、明治天皇(大室寅之輔・寅吉)は
左利きで体重24貫(90kg)の巨体で威風堂々、
近衛兵を閲兵したという。

また、明治天皇(寅之輔・寅吉)は、2歳の時、
痘瘡(天然痘)にかかったので、口のまわりに
「あばた」が残った。
そのあばたを隠すため髯を生やしたという。

だから、明治天皇の写真は残っておらず、
キヨソーネに描かせた「肖像画」を写真に撮らせて
「御真影」とした。

実現不可能な、たわ言「攘夷」を唱える
将軍家茂と孝明天皇を消して南朝系(?)の玉を
握った薩長政府は一気に開国、富国強兵路線を
突っ走って、今日の日本を築き上げた。

何れにしても国政を司る実力者たちにとって
「天皇」というのは所詮「玉」にしか過ぎないのだ。



オイオイ、今でも玉扱いはありかよ!

「玉」扱いは、動乱の明治維新で終わったと思って
いた所、どうも今尚、続いているらしい。

「妊娠4週目でレントゲン検査して胎児の姿が確認出来ず。
(公式な宮内庁発表)と言うことは、あり得ない。雅子様は
妊娠しておられない!」(TBSの報道番組『ザ・スクープ』
での産婦人科医の発表・2000年?)ってのは
一体、何なんだよ?

昨今の、雅子妃殿下のナントカカントカ病による公務欠席は、
ひょっとして、この辺に原因が?

宮内庁深奥で何やら陰謀術数が蠢いているような。
ハテ面妖な?

(この項、続くよ!)




ランキングに登録しました。
良かったら、クリックして下さい。


タグ : 明治天皇

22:08  |  エッセー  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑
 | HOME |