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2005.06.14 (Tue)

末広千幸さんに「愛」はあったか?

 末広千幸さん…

 何とも欲張り過ぎた名前ですよね。
 本名が、「馬場」だというのを聞いて笑ったことがあります。

 もう30年近くになりますかね~
 このパラグアイを舞台にした
 「新ノアの方舟」運動の主宰者 末広千幸さん…
 当時、流行りの「超能力者」を売りにしていました。

 その手の本や「愛から愛へ」などの本を出版したり
 週刊「プレイボーイ」誌上で「日本沈没」の小松左京さんと
 対談したりして
 結構、その方面では名前は売れていたみたいですね。

 ー他人事みたいな突き放した書き方をしましたが
 実は、ボク自身、彼女の本も1~2册程度しか読んでいません。
 それに直にお会いしたのは、ほんの3~4回程度で
 長い付き合いでもないし、彼女の人間性については余り良く
 知らないんですよ。

 ただ、日本中から60人もの人間を根こそぎパラグアイに連れて
 来たーという事実からして、まぁ、大変な女傑ではあります。
 直にお会いして話した感じでは、愛(アガペ)について語る…
 ーというような感じではないですね。
 直感的に仁王像の相を感じました。

    zou.jpg


 大勢の人の前で話す彼女は、確かにカリスマ性を持っています。
 ただ、あの「新ノアの方舟」事件が詐欺だったのか?
 というと、彼女とガチンコ対決した私からみても
 その作為はなかっただろうな、と思います。

 やはり、彼女なりに何らかの霊感を得てあの活動に
 取組んだのでしょうね。

 でも、彼女に下りた霊感が果たして「光の子」から
 出たものか、それともニーチェの
 妹 エリーザベト・ニーチェに取り付き
 ナチズムに大きな影響を与えた
 ベリアルから出たものか は不明です。

 事件後、アメリカのフレズノにアメリカ人のご主人と住んでいる
 という話は、聞いていました。

 数年前、聞いた風の噂では
 御主人とも別れて精神に異常をきたしたとか…
 ありそうな末路ではありますが、ハテ?
 今も生きていれば70歳前後でしょうか。

 ノアの乗船者の99パーセントが日本に帰国し
 その生き残りとなった私としては
 何れにしても この事件の総括「方舟に乗った人々」を
 ライフワークとして書き残さねばなりません。
 

  

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2005.05.27 (Fri)

「3国戦争」その9 多くの夢想家を引き寄せたパラグアイ

  かってこの「3国戦争」の話を聞いた時、確かに
  少年志願兵はいただろうが、
  幼い子供たちまでがどうして戦わざるを得なかったのだろうか?

  いかに国家存亡の危機といえど普通、
  幼い子供まで狩り出す事はしないのに…と私は不思議に思っていた。
  ところが、ロペスは、戦前、6歳から10歳の子供の
  奴隷部隊をもっていた。

  独裁者の宮殿、国立劇場、国立図書館、
  そしてエリサ夫人のいくつもの舞踏会場を建設する子供部隊の姿を
  リンカーンによってアメリカ大使としてアスンシオンに
  派遣されていたチャールス・エイムズ・ウオッシュバーンが
  書いている。

  「強制された労働によって、小さな子供達がたちまち
  老人のようになってしまうのを見るのは悲しいことだ。

  つねに監視されているために一瞬たりとも怠ける事は出来ない。

  また働いている場所を通りかかると、
  まるで疲れ切った奴隷のようだった。

  すべての希望が完全に失われたので顔をあげることも、
  ほんの一瞬手を休めることもしない奴隷だった」(前出の同著)
  その仮装舞踏会に使われたサロンが今もアスンシオンに残されている
  グラン・ホテル・パラグアイだ。

  大統領夫人マダム・リンチの家として1860年代に建てられた。
   
  パラグアイに新ゲルマーニァ建設を夢みた
  エリザベート・ニーチェ  

  先にロペスの人間性などについて引用した
  著・「エリザベート・ニーチェ」とはドイツの
  あの有名な哲学者ニーチェの妹である。

  かってカトリックの先鋭隊イエズス会会士たちが
  世界1の大瀑布イグアスの滝近くに「インディオ王国」
  (カンヌ映画祭でグランプリを取った英国映画「ミッション」)
  の建設を夢み、
  ロペスが南米のナポレオンを夢想したように
  パラグアイの真中に「新ゲルマーニャ」の建設を夢見て
  はるばるドイツ人移民14家族を連れ立って
  来た恐るべき女性エリザベート・ニーチェ…。
 
  彼女がアスンシオン埠頭に降り立ったのは、
  1866年3月15日…。

  まだ3国戦争の戦火が高らかに燃えたぎっている最中であった。

  思うにこのパラグアイという地は、そういう夢想家たちを引き寄せ、
  デーモニッシュなパワーを注ぎ込む
  特異な地球のパワースポットなのかも知れない。

  そういえば、「新ノアの方舟」を主宰し日本中から
  老若男女60数名を引き抜いてパラグアイに移住させた
  末広千幸女史もそんな霊感を
  この地で吹き込まれたのかも知れない。

  *「新ノアの方舟」事件ー現地に移住した家族の内数人が
  日本に帰国し詐偽行為だと騒いだため1986年、現地解散
  60数名の移住者の内99%が日本に帰国。結局、当事件は
  立件されなかった。


  エリザベート・ニーチェ、
  戦前のドイツの文化的社会でコージマ・ヴァーグナーは
  別格としても彼女程有名な女性はいなかった。
  彼女が兄を一部の偏狭な学者仲間から連れ出し
  有名にし、またナチズムとも結び付けるという
  大きな影響力を与えた。




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